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06

「まあ、受験までの間魔法について色々と教わってここまで上達することが出来たしね。……お礼はしなくちゃ、とは、思っていたのよ」


「えっ!? ライカでもそんな人並みにお礼をすることを考えられるの!?」


 柄にもなく照れながら話すライカの姿に驚きを隠せないエインズ。

 だがそんなエインズの発言を笑って見過ごすほどお淑やかではないライカは、案の定エインズの足を踏みつける。


「わたしの合格は間違いないと思っていたから、発表を見た後にでもエインズの好きな物をお礼に食べてもらえたらと思ってね」


 まあ! とキリシヤも初めて見るライカの一面にどこか嬉しくなる。


「ライカ、私も同席してもいい? せっかく会ったんだし。私もエインズさんとお話もしたいわ」


「えっ、キリシヤも? わたしは全然かまわないけど……」


 言いながらもライカはセイデルの顔を見る。王女の行動、それの判断を下すのはライカではない。彼女が良いと考えても周囲が却下する場合もある。

 セイデルも渋々といった表情ではあるが、キリシヤが街を自由にぶらつけるのも滅多にないことなのだ。ここは是非とも羽を伸ばしてほしいといったところか。


「私もついていますので問題はないですが、国王陛下には連絡だけ入れさせていただきますね」


 そう言ってセイデルはその場を少し離れ、通信魔道具でどこかと連絡を取り始めた。

 ざっくりとしかキルクの街を理解していないエインズはライカやキリシヤほど詳しくはない。

 セイデルがエインズらのもとに戻ってくるまでの間、ライカとキリシヤでどこに行こうかと相談していた。


 当てもなく歩き回るより幾分もマシな上に、舌も肥えた令嬢がおすすめするスポットなのだ。美味しくないはずがない。

 連絡を取り終えたセイデルが合流した後、人混みが激しいためエインズは散策を避けていた一般街区だが、彼女らのおすすめの場所は一般街区にあるようで、そこに四人で向かうことにした。


 美味しい料理に舌鼓を打ったり、話に花を咲かせたり、そうこうしているうちに日は傾き、楽しい時間はあっという間に過ぎる。エインズとライカが屋敷に帰るころには空はすっかり橙に染まる夕焼け空になっていた。




 それから数日して。


「それじゃお父様、行ってきます」


 魔術学院規定の制服に袖を通したライカと、普段と変わらない服装のエインズ。しかし、ソフィアに髪を梳かれたのか、長く伸びるその銀髪は変なクセを残すことなくさらりと垂れている。


「いってらっしゃい、ライカ。エインズ殿、娘を頼みますね」


 玄関前でエインズに軽く頭を下げるカンザス。


「やめてください、カンザスさん。学院に行ってみたいと言ったのは僕なんですから。ライカのことは、僕の出来うる範囲でがんばりますよ」


 と、返すエインズ。

 カンザスとしては、エインズの意識を出来る限り娘のライカに向けさせ、あまり厄介ごとを引き起こしてほしくないという意味も込めているが、それをエインズが理解することはなさそうだ。


「エインズ様、お戻りはいつ頃でしょうか?」


 ソフィアもエインズの見送りに玄関前までやってきていた。

 その横には眠そうに目をこするタリッジ。


「……ったく、ガキの使いでもねえんだろ? そんくらい時間になったら勝手に戻ってくるだろうよ。それにこいつが事件に巻き込まれるような玉かよ。むしろ引き起こす側だろ」


 寝起きの機嫌の悪さが、その悪態に出ているタリッジ。

 そんなタリッジをソフィアは目を吊り上げて睨み、その横腹を肘で強く叩く。

 だが、大樹のような身体のタリッジにはあまり効いていないようで、欠伸をしながら「いてっ」と言う程度で終わってしまう。


「心配しなくても平気だよ、ソフィア。タリッジの言う通りだから」


 そうソフィアと言葉を交わした後、エインズはライカと共に屋敷を出発する。

 道中はライカと同じように、皺も付いていない真新しい制服に袖を通した新入生が多く歩いている。学院生活の門出に加え朝の爽やかな空気を肺一杯に吸い込み、ライカは自然と活力がみなぎってくる。


 それでもライカのように従者をつれている者は少ないのだが。

 制服は白を基調としたブレザー。男女共にネクタイを締めており、ネクタイの色で学年が判断できるといった仕様となっている。


 ライカやキリシヤのような新入生一年生は青色のネクタイを締めている。

 まあ、それでも新入生に関してはネクタイの色を見なくとも、おろしたばかりのブレザーを見れば、その綺麗な折り目ですぐに分かるため、後ろ姿だけで新入生か上級生かの見分けは付く。


 魔術学院の門を抜けるとやはりその敷地は広大で、受験生で溢れていた入学試験の頃とは違って、遠くまで見渡すことが出来る今、エインズはさらにその広さを実感することが出来た。


「それでライカの、Aクラスはどこなの?」


「こっちよ」


 ライカが先導するようにエインズの前を歩き、校舎へと向かっていく。


「ん? なんだろう、あれ」


 広大な修練場に太陽の光を浴びて小さく光る何かをエインズは見つける。

 それは一つだけではなくあちらこちらに散らばっており、それは修練場だけでなく今エインズらが歩いている地面にも散らばっている。

 足元に落ちている欠片に目をやって観察するエインズ。


「どうしたのエインズ? こっちよ」


 離れたところから手招きしてエインズに声をかけるライカ。


「ごめん。今行くからちょっと待って」


 エインズはその欠片を、ここが魔法を学ぶ魔術学院なのだから散らばっていても普通のことなのだろうと深く考えることなく意識から外した。

 前を歩いていたライカに追いつき、Aクラスの教室に辿り着く。


 ライカを先頭に引き戸を開け中に入る。

 今日が学院生活初日ということもあり、時間に余裕はあるが既に半数以上の生徒が席に座っていた。


「ええっと、わたしの席は……っと」


 ライカは座席表を手に取りながら自分の席を目で追いかける。

 ひな壇上になっている席を登っていくようにライカは進んでいく。エインズはその後ろを何も考えることなくついていく。


「……おい、あいつって入学試験の魔法実技の時にすごかったやつじゃないか?」


「……たしか、中級魔法三種を略式詠唱で発現させてたって話だぜ」


「まじかよ……」


 入学試験の際のライカの魔法実技を見ていた生徒がいたのだろう。彼女の姿を覚えている者やライカの腕前を聞いていた者らが口々に噂する。

 当然ライカの耳にも届いているが、彼女はその声に全く反応しない。


 なんと言ったって、少し前までは彼女も彼らと同じ技量のところにいたのだから。

 ライカの後ろを歩く、「階段、長いなあ」ぐらいにしか考えていないエインズがいなければ彼女も他人を羨望の眼差しで見ていたに違いない。


「(わたしが特別っていうわけじゃないんだから、自惚れたらダメね……)」


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