05
エインズが遅れてしまったため、発表時間から少し時間が経ってしまっていたのだ。
「さくっと結果とクラスを見てくるから、エインズはその辺で待っていて!」
ライカはそう言うと、受験生らをかき分けながら掲示板の方へ向かっていく。
「その辺って、落ち着ける場所ないんだけど……」
エインズはとりあえず掲示板からそれほど離れていないところにある街灯に背中をもたれさせた。
エインズはその人混みをぼんやりと眺めながら、やっぱり受験者は多いんだなと月並みな感想を抱いたり、合格のパーセントってどれくらいだったのかな、などとさして興味もない疑問を浮かべたりしていた。
「おや、エインズ殿ではありませんか。おはようございます。ライカ嬢の付き添いですか?」
エインズは声のした方を向くとそこには、燕尾服を身に纏った高身長の男性が立っていた。
「セイデルさんと、」
エインズの方からは角度的にセイデルの背中に隠れているようになっていた、サンティア王国第一王女のキリシヤが姿を現した。
「キリシヤ様も既に来ていたんですか」
「おはようございます、エインズさん。あと、『様』をつけて呼ぶのはやめてくださいと言いましたよ?」
その人形のような可愛らしい顔をわざとらしく膨らませるキリシヤ。
エインズは思わず口から可愛いと出てしまいそうになった。
「いや、これは。まだ慣れなくて……。僕だって王族の方が畏れ多いことは重々承知しているつもりの常識人ですので」
頭を掻きながらキリシヤから目を逸らすエインズ。
しかしエインズに対してキリシヤは目を見開いて驚きの表情をする。
「王城であれだけの大立ち回りをなさったエインズさんが、常識人を名乗るんですか?」
「……キリシヤ様、我々も『常識人』の言葉を学びなおさなければなりませんね」
キリシヤに便乗するように、セイデルも主に続いてエインズを茶化す。
「それはもうとっくの昔に終わったじゃないですか。勘弁してくださいよ、セイデルさんまで」
エインズはいたたまれない気持ちになりながらも、ライカが戻ってくるのを待ちながら二人と会話を続ける。
「そういえばキリシヤさんも来ているってことは、もう結果は見たんですか?」
「ええ、見ましたよ?」
にっこり微笑むキリシヤ。
エインズは掲示板の人だかりに目を向けて、あの中を割って入って見に行ったのかこのお嬢様は、と意外に思った。
この国の王女様だからもう少し何というか、悪く言ってはあれだが気弱なんだと勝手にエインズは思っていた。
「と言っても、結果自体は少し前に魔術学院側から文書で届いていたんですけどね」
はははと笑うキリシヤ。
セイデルも魔術学院の対応は当然知っていたようで、静かに頷いていた。
「どういうこと?」
エインズの質問に、セイデルが答える。
合格発表は、掲示板によって公開される。これは先ほどからエインズが見ているように、入学試験の時のような統制のとれた人だかりではない。まったく無秩序な人だかりとなってしまっているため、学院側も管理出来ないのだ。
そこに王族の、尚且つ第一王女の地位にいる人物が来るとなるとそれはもう混乱が発生してしまうことは間違いない。加えてキリシヤのこのとびぬけた容姿である。
花に群がる虫のように、キリシヤの周りを男たちが囲ってしまいさらなる混乱を生んでしまうだろう。
そのため、魔術学院としては防げる混乱は前もって調整することとし、キリシヤの合否に対して特別に文書での公開としたのである。
と言っても、代々の王族受験者はこのような魔術学院側からの調整がなされ、ハーラル王子の際も同様に文書での合格発表となった。
そして、ハーラル王子の場合は実際に見に行くようなことはしなかったようだ。
ではどうしてキリシヤはここにいるのか。
「だって見たいじゃないですか! 人生で一回きりのことですよ? 何事も知っておきたいのに身分の違いで出来ることも諦めるのはもったいないですし」
大きな瞳をキラキラと輝かせ、掲示板の方を眺めるキリシヤ。それでもセイデルや周りに迷惑をかけている自覚でもあるのか、すぐにバツが悪そうに目を伏せる。
「たしかに、そうですね」
だがエインズにとって、そんなキリシヤは好印象で映る。
権力なんてものへの執着がないエインズだが、それを手にした人物が二極化することを彼は知っている。一つは、権力という小高い丘の上で胡坐をかく者。そしてもう一つはカンザスやライカのように、高貴さゆえの義務を理解している者。
先のやり取りからキリシヤが幸いにも後者であるとエインズは読み取れた。
「ちょっとエインズ! わたしが離れている間になに女の子と仲良く――、って、キリシヤじゃない! ……やっぱり来ていたの?」
掲示板の方から戻ってきたライカがエインズと、彼が会話をしていたキリシヤを見つけた。
やはり人混みが激しいのか、屋敷を出る前に整えていた髪も少し乱れている様子だった。
「ライカ、おはよう。みんなに止められたけど、やっぱり自分の目で見たくなっちゃってね」
「……まあ、そんなところがキリシヤの良いところでもあるけどね」
ライカはキリシヤの後ろに控えているセイデルに目をやり、彼も苦労しているなと少し憐れみを覚えた。
セイデルはライカの視線に合わせ、お辞儀をして静かに挨拶をする。
「ライカはもちろん、合格よね? どこのクラスだったの?」
キリシヤはライカとクラスが一緒なのか離れたりしないかと、不安と期待が混ざったような複雑な気持ちで尋ねる。
「Aクラスだったわよ。キリシヤは?」
「私も! よかったー! ライカがいなかったらちょっと心細いなって思っていたから……」
キリシヤは安堵のため息をつく。
ライカはライカで、昨晩カンザスから王家がライカに求めるキリシヤとの関わり方を聞いていたため、同じクラスになったのも特段偶々というわけでもないだろうと思っていた。
「(シスコンのハーラル王子が妹の悲しむようなことを見過ごすとも思えないしね)」
どこかでくしゃみをしているであろうハーラルを思い浮かべるライカ。
「学院が始まってからが楽しみね! それでどうしてライカはエインズさんを連れて来ているの?」
ライカであれば、彼女一人でぱっと掲示板の結果を見てぱっと屋敷に戻る性格であることを知っているキリシヤは不思議に思った。




