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04



 次の日の朝。

 エインズの部屋には、困り顔のリステと何があろうとベッドから出ようとしないエインズがいた。


「エインズ様、朝でございます。本日はライカお嬢様とのご予定がございますが」


 ベッドから一歩離れたところから声をかけるリステ。


「……うぅん? そんなの、あー……」


 寝返りを打ちながら、今にも眠気に負けて消えてしまいそうなほどか細い声。


「はい。昨夜にライカ様から申し付かりましたので、こうしてお声がけさせていただいております」


 と、話すリステだが、当のエインズは夢と現の狭間の蕩けた世界にいるため、彼女の言葉を聞き取れていない。

 それでもリステはエインズが自ら起きてくれるだろうとしばらく待ったがその気配はない。布団を被りなおし、寝返りを打つなどして、しばらくすれば寝息をたてている。


「エインズ様」


 再度、リステ。

 しかし今度は先ほどよりも声を張って呼びかける。


「……もう、パスで。リステさんやライカには……、あれだけど、うん、だから、ごめんね……」


 話せてはいるものの頭はまったく働いておらず、話す言葉もまとまっていない。

 それからもリステは何度か続けて声をかけてみるものの、エインズはもう反応して言葉を投げてこなくなった。


「……仕方がありません。あまり嘘をつくようなことはしたくはないのですが……」


 リステはどこか諦めたように、カンザスやライカには見せたことがないため息を、小さく吐いて覚悟を決めた。

 なるほど、ライカが自分にエインズが起きない場合のアドバイスをしてきたのはこの時のためだったのか、とリステは理解した。


「……エインズ様」


 リステの声は張っていない。


「……」


 もちろんエインズの反応はない。

 そんなこと、リステも承知している。


「今までお伝えしておりませんでしたが、……私、魔術が使えるのです」


 が、声を張っていないリステのその一言だけでエインズの脳を揺さぶる。

 直後、ばっと飛びあがるように起きるエインズ。


「魔術!? リステさんの!?」


 上体を起こし、瞠目しながらリステの方を向くエインズ。


「……はい。こうして惰眠を貪り駄々をこねるお客人を目覚めさせる魔術にございます」


 そう言って、リステは「申し訳ございません」と小さく頭を下げる。


「……なんだよぉ。嘘なんて良くないよ、リステさん」


 リステの言葉が嘘だと分かり、気落ちするエインズ。

 捲れた掛布団を手に持ち、起こした上体を再び倒し始めるエインズ。


「……そして魔術が、もう一つ」


「……えっ?」


 リステのその動きはエインズには捉えられなかった。

 掛布団の端を握っていたエインズの手は空を掴んでおり、布団は側を覆っていたシーツと分けられている。


 加えてシーツはリステの腕の中に、そして掛布団はエインズの足元、ベッドの端の方に綺麗に畳まれて置いてあった。


「エインズ様、いかがでしょうか。私の魔術、『淑やかな(モデスト)勤務(デューティー)』は」


 リステは顔色を変えずに、自分が思うそれっぽい構えを取って言い放つ。

 同時に、小芝居を打ってしまったとも思った。


「……目が覚める程の洗練された技術でした」


 先ほどまで駄々をこねていたとは思えない程、エインズはすんなりとベッドから出てきた。

 ベッドから出たエインズは、一人で着替えられるためリステへ先に戻っているよう伝えるとクローゼットへ向かう。


 それでもリステの怪しむ視線に、「さすがにもう横にはならないよ」とエインズは笑いながら服を手に取る。

 その様子を見てリステもドアの前で頭を下げてエインズの部屋を出る。


 背筋を伸ばして廊下を歩くリステ。

 しかし、その頬は普段より若干赤くなっていた。


「……あのような軽口に立ち回り、恥ずかしくて二度と人前でしたくはありませんね」



 着替えたエインズは、ダイニングで既に身支度を整え優雅に紅茶を飲むライカを横に速やかに朝食を取った。


「ごめんごめん、遅くなった」


 ナプキンで口元を拭ったエインズが苦笑いしながら、ティーカップを傾けているライカに近寄る。


「……はあぁ。こうなると思ったわよ。念のためリステに伝えていたアドバイスも……、役に立ったようね」


 ライカは横目で、普段より頬が少し赤みを帯びているリステの様子を窺いながら言った。

 結果、エインズに対して効果覿面。

 どうやら巻き添えで、リステ自身にも何やら羞恥を覚えさせてしまうダメージがあったようで、ライカは少しリステに対して悪いことをしてしまったかなと後悔した。


「あれはライカの悪知恵だったのか。良くないよ、あれ。……いやー、でもあのリステさんのシーツと掛布団の分離は見事なものだったよ! 僕でも認識できない程の俊敏さだったんだもん。ポーズもなんか、かっこよかったし」


「へー、魔術ね。どんなの?」


 エインズの言葉に、普段見られないリステの意外な一面が見られるのではないかとライカは悪い顔をしながらエインズに問う。


「なんだったかな。『淑や――、」


「……エインズ様、その先は宜しいかと」


 言葉を遮ったリステには、えも言えぬ凄みがありエインズは思わず閉口してしまった。


「……ふふ。まあ、いいわ。それも気になるけど、聞ける頃には日も昇りきってしまいそうだし。また今度のお楽しみにしておくわ」


 とライカは言うが、リステは自分からは絶対に言うつもりはないようで目を閉じて黙している。

 エインズの方も、先ほどのリステの威圧に完全に委縮してしまっていた。物腰が柔らかいリステが、その一線を越え荒ぶってしまうとなると想像がつかない。


 エインズは何が何でも自分の口からライカに教えるのは避けようと思った。

 その後、ライカとエインズは屋敷を出た。


 ソフィアやタリッジは留守番をしている。彼ら(ソフィアはエインズに付いていきたいと言っていたが、タリッジは面倒なため断っていた)を連れるとなると所帯が大きくなってしまうためエインズは屋敷に留守番させることにしたのだ。


 魔術学院はキルクの北東に位置しており、東に構えている屋敷を出たライカとエインズは、既に人でごった返しているであろう一般街区を通ることなく学院へと向かうことが出来る。

 二人はすんなりと魔術学院に到着すると、すでに掲示板に人だかりが出来ていた。


【お願い】


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