03
そんな事を考えていたある日の夕食。
この日は、ブランディ侯爵家当主のカンザスも同席して、ライカにエインズ、ソフィアとタリッジの五人が会しての夕食となった。
カンザスと同席することが最近は少なかった。というのも、タリッジに関してソビ家や王侯貴族関連でカンザスが色々と政治的調整のため奔走していたからだ。
少し痩せたのではないかとライカが眉を曇らしながらカンザスに大丈夫かと声をかける。
「ああ、大丈夫だよ。もう諸々は片付いたから。それよりも明日はライカの合否発表だね」
話題に上がるのは魔術学院入学試験の合格発表である。その結果がようやく明日に開示されるのだ。
「ええ。問題ないでしょうけど、クラス分けも発表されているでしょうから明日見に行ってくるわ」
ライカは、ブランディ家の誇る料理人が作った料理を黙々と食べているエインズに顔を向ける。
「エインズもついてくる?」
うん? と一瞬顔を上げるが、
「僕はパス。合格がどうとかは興味がないし」
とすぐにナイフを握る手を動かした。
「……そう。もし合格していたら合格祝いにエインズの好きな食べ物をなんでも買ってあげようと思ったんだけど、ついてこないんじゃあ仕方ないわね」
「お供はお任せを、ライカお嬢様」
ライカが分かりやすく残念そうに肩を落とすが、食べ物を買ってもらえると聞いたエインズはすぐに手の平を返す。
「エインズ様。私もガウス団長よりお金を預かっております。ライカ様についていかずともエインズ様のお望みは叶えられるかと」
と横からソフィアは口を挟むが、
「……でもライカの方がキルクに長く居るんだしさ、絶対ソフィアよりも詳しいじゃん。ソフィアとはまた今度でいいよ」
と冷たく突き放すのであった。
ソフィアは思わず手にしていたフォークとナイフを床に落としてしまうが、絨毯が敷かれたダイニングでは落ちた音も立たない。さすがは侯爵家。
近くに控えていたメイドだけがソフィアのフォークとナイフに気づき、さっと新しいものと入れ替える。メイド以外の誰にも気づかれることなく打ちひしがれるソフィア。
「リステ? というわけだから、明日の朝はエインズがどれだけ駄々をこねてもベッドからたたき起こしてちょうだいね」
「かしこまりました」
と静かに頭を下げるリステと、それを「美食が僕を待っているんだ。楽しみを前に二度寝も何も、寝ずの番になるかもだね」なんて笑い飛ばすエインズ。
タリッジは我関せずといった感じで、いつものようにガシャガシャと食器の音を立てながら無作法に食べるのであった。
夕食を終えると、エインズやソフィア、タリッジらは各自が与えられている客間へと席を立つ。
そんな中、ライカも自分の部屋へ下がろうと席を離れようとした際、横のカンザスから声をかけられた。
「ライカ、少し居てくれるかな。話があるんだ」
父に言われれば仕方がない。話の内容に見当がつかないライカは、エインズら三人がダイニングを離れる背中を眺めながら、浮かした腰を再度椅子に沈めた。
ダイニングはカンザスとライカのみとなった。
「それで話って?」
ライカが口火を切る。
「うん。ライカは明日、合格発表を見に行くのだろう? その時にもしかしたらキリシヤ王女殿下とお会いするかもしれないから、前もって伝えておかないといけないかなと思ってね」
「キリシヤが関係するの?」
カンザスがタリッジ絡みの件で、近ごろ王城へ頻繁に赴いていることはライカも知っている。
もしかすると、その時に何かキリシヤのことで国王陛下から話があったのかもしれないと推測した。
「エインズ殿についてだ。これまでの出来事や、この前の彼の言動からライカも既に理解していると思うが、エインズ殿こそ私たちが『魔神』や『銀雪の魔術師、アインズ=シルバータ』と呼んでいるその人物だ」
「……ええ。二千年ほど前の偉人でしょ? いまだに信じられないけど、エインズの言動や実力に知識、加えてあの世間知らずなところを見聞きしていると、いやでもね」
そんな偉人を前に、変に力むことなくこれまでと変わらずフランクに接せられているところを考えるに、我ながら本当にエインズがあの魔神だと信じられていないんだな、とライカは思った。
「内謁の場では陛下や他の人間はエインズ殿のことを正しく認識していなかったが、今は陛下にハーラル王子、エリオット宰相も正しく認識しているようだ」
きっとリーザロッテ閣下だろうな、とカンザスは心の中で思った。
が、それでも内謁の場を凌げただけでカンザスとしては良しとしている。
カンザスは、ふっと頬を緩めて続ける。
「陛下も娘を持つ人間だ。キリシヤ王女殿下は政治の世界から離したいようだね。私はもちろん、ライカにも釘をさすよう言われた」
そこでライカはなるほどと合点がいった。
「エインズの正体については伏せておく、ということね?」
「加えて、ライカにはキリシヤ王女殿下とはこれまで通り友人として友好な関係を続けて欲しいそうだ」
「友人としてはもちろんよ。キリシヤが嫌って言っても私は友達であり続けるわ。エインズの件は分かったわ」
キリシヤにはこれまでのように、エインズをライカの客人として認識してもらう。キリシヤがエインズを銀雪の魔術師として認識することはつまり、魔術師が引き起こす嵐に巻き込まれること、そして付随して政治の濁々とした正義だけで解決しない政略に巻き込まれることを意味する。
キリシヤのような純粋な人間が底なし沼のような政治の世界に入ろうものなら、身動きが取れず溺死してしまうことは容易く想像できる。
せっかくの友人なのだ。それは絶対に避けたい、とライカは強く思い、カンザスに頷いて返す。
カンザスは娘の様子を見て、話も終わったとばかりに息を吐きダイニングを後にする。
そんな父の背中を見ながら、ライカはふと思うのだ。
エインズのことを隠していようが、ライカと関わるということはつまり知らずに嵐のすぐ横で過ごすということを意味するのだ。隠すだけで本当に何も起こらないのだろうか、と。
「……まあ、事情を知っているシスコンのハーラル王子がいるんだし気にしすぎかな」
ライカもダイニングを後にした。