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02

 詠唱などというものは、魔力に形を与える型枠の種類の一つなのだ。それが言葉によるものなのか、文字や図を用いた魔法陣なのか等の違いはあるが、つまるところは魔力を操作する本人が粘土のように自由自在に形を変えるモノに対して、複雑な形を作り上げるに必要な補助をするのだ。手段であって目的ではない。そこが優れた魔法士と魔法使いの凡夫を分ける考え方の違いである。


「けれどこれは魔法文化に慣れ親しんだ人間なら理解できる考え方であって、タリッジのように剣や弓などの得物を主軸としてきた文化圏の人間では理解しにくいんだよね」


 ふとエインズは遠くを見るような目をして、生活魔法しか知られておらず魔法にも疎かったシルベ村での幼き頃の生活を思い出していた。


「俺としてはいまだに、魔法と神力や神技が結びついているなんて言われても信じきれねえんだがよ」


 タリッジは眉間にしわを寄せ、腕組みをしながら頭を傾げる。

 だがそれでも彼の目の前にいるエインズは実際に魔法を器用に使え、加えて帝国でも限られた数しか使えない神力や神技すらもタリッジよりも洗練されたもので使いこなしていた。実際にその目で見てしまえば、エインズの言葉も信じざるを得ない。


「ここに加え、魔法と剣術の用途がさらに関わってくるんだよね」


 魔法といえば、基本的には後衛からの攻撃としての役割が多い。身体強化を除いて、基本的に自分の身でもって攻撃を加えるような魔法は数少ない。

 エインズ程に魔法に優れた技量を持つ者であれば別だが、基本的に魔法を使用する場合その発現までに意思との時間差がどうしても生じてしまう。


 略式詠唱でも言葉を紡ぐのに多少なりとも時間を費やしてしまい、複雑な術式詠唱となれば言わずもがなである。

 それでも魔法士が戦場で活躍できるのは、その時間差という欠点を補うための連携や陣形が成されるからである。


「そういう話であれば確かにそうですね。剣士は魔法士の対極にあると言っても過言ではありません」


 ソフィアは魔法が剣士の戦い方には合わないことを理解しているため、頷き返す。

 剣士の戦いはまさに前衛でのインファイト。


 コンマ一秒を争う世界の中で動き、そして次の瞬間には劇的に戦況が変わっている。そんな突風の中で発動までに時間がかかり、尚且つ意思から発現までに時間差が生じてしまう魔法など剣士どうしの戦いでは何の役にも立たない。


「時間差をなくす必要がある。限りなく魔法化された何かしらの術式の展開か――、」


 エインズは指をはじいて鳴らす。

 それですぐに宙に浮かび上がる火槍。


 これくらいの魔法であれば無詠唱で発現可能だが、魔法のマルチキャストの際に使用する展開方法を一つ見せる。術式を『指をはじいて鳴らす』という動作で展開しているのだ。そこまでイメージの昇華と固定化が出来ているからこそできる業。


「――、突き詰めれば無詠唱での展開に行き着くんだけどね」


 エインズがライカに魔法を教えていた時と、タリッジが求めている用途とレベルは違う。

 タリッジは言わば、コンマ一秒を争う世界で脅威たりえる魔法の習得を欲しているのだ。

 だからこそ神技とは魔法でありながら、魔法の文化から離れた新たな技術と言える。


「僕は魔法が得意だし、タリッジの言うところの神技も使える。だからその原理を教えることが出来るし、習得に至るアドバイスも出来る」


 だけどそこから先、息をするように無詠唱で魔法を発現させるには本人がその域に上り詰めるしかないのだ、とエインズは続けた。

 魔法士であれば通るべき術式詠唱から略式詠唱そして無詠唱といった、基礎から段階的にステップアップする応用もタリッジには適さない。


 一瞬の世界で戦うタリッジやソフィアら剣士は、腕を動かすように、息をするように神技といった敏速に特化した魔法を使用しなければならない。


「順序立てた教え方で身についてしまうと、どうしても神技の発現までに思考というラグが発生してしまう。これだと並の戦場なら問題ないかもしれないけど、達人同士の戦いだと後手を踏むどころかそのまま胴と首が斬り分かれているだろうね」


 だから、タリッジへの問答は魔法士のそれなんかよりも時間がかかるのだという。

 加えてリートのように魔術を教えていないのも、タリッジの求める知識が魔法の域で事足りるからだそうだ。


「なるほど。そういうことだったのですね。……てっきりまた私だけ除け者にされているのだとばかり……」


 エインズは苦笑いしながらソフィアに「そんなことはないよ」と首を横に振るが、これまでを思い返してみると彼女の役回りがずっと不憫なものだったなと口には出さないものの、そう思ったのだった。


「まあ、なんだっていい。俺は神技が使えるようになりゃあそれで充分だ。他はどうでもいい。それがクソ野郎の首を輪切りに出来りゃあ申し分ねえ」


 理屈っぽく説明したエインズを鼻で笑うタリッジ。彼としても神技に至るまでの過程などどうでもいいのだ。重要なのは、己が神技に至れるかどうか。


「……あなたも大分色々抱えていそうですね」


 タリッジの悪態にどこか独特な空気を感じ取るソフィア。


「いま話すことでもなんでもねえ」


「僕としてもタリッジの過去がどうだとか、タリッジが何を為そうとどうでもいい。魔法の新しい可能性さえ知れれば僕は大満足だよ」


 目じりを下げ満足げに頷くエインズ。

 そんな二人にどこか似ている雰囲気を感じ取るソフィアであった。





 それから数日が経過した。

 その間もタリッジとソフィアの打ち合いは続いている。

 ソフィアは徐々に慣れてきた身体強化をより洗練されたものにまで昇華するために。

 魔法と神技、その原理をエインズから教えてもらったタリッジは、神技に至る手がかりを模索するように。


 そんな二人を眺めるエインズ。しかし、タリッジの成長は一朝一夕で成せるものではなく、時間を要して晩成するもの。それはすぐに自らの好奇心を満たせないエインズにとっては段々とストレスを覚えると同時に飽きが生じてしまうもの。


 エインズの環境は、自分が認識していたものよりも二千年という大きな単位で異なっている。何か新しいものを見たいところだ。


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