01
〇
芝の管理が行き届いた庭先に二人の剣士が向かい合い、それを離れたところから銀髪を風になびかせながら眺める青年が一人。
行き届いた庭には、少し前までの作物が育てられる程立派に耕された凄惨な事件の爪痕が綺麗さっぱり消え去ってしまっていた。
ソフィアとエインズによる剣戟によって掘り返された土、上を下への荒れ具合も見る影はない。
流石はサンティア王国古参貴族、ブランディ侯爵家の屋敷である。屋敷の庭先はその家の品を表す。それが如何に莫大な金がかかろうとも、頭の血管がぶち切れそうな程に憤慨しようとも、やせ我慢をして何食わぬ顔をして静謐さを取り戻すところに侯爵家たる余裕が見られるのである。
「本当に元通りよね。わたし、あんなにお父様が怒ったところを見たことがないわ」
侯爵家現当主、カンザス=ブランディは温厚で知られるが、かの事件では彼自身でも驚くほどに憤怒した。
庭先に置かれているテーブルに着き、リステに注がれた紅茶を飲みながら彼らを眺めるライカ。
ブランディ家現当主、カンザス=ブランディの娘であるライカ=ブランディ。ウェーブがかった赤髪を肩にかけ見つめる先には銀髪の青年。
ライカは彼と知り合ってまだひと月も経っていない。だが、寝食を共にして魔術学院入学試験のために魔法を教わるなどした、濃密な時間が彼との関係を友好なものにした、と彼女は信じたい。
今は合格発表までの合間。ライカはその試験内容に手ごたえを感じており、合格を信じて疑わない。そのため、憂慮することもなく穏やかにその茶葉の味を楽しむことが出来ていた。
どちらかと言えば、学院での生活に逸る気持ちを抑えているくらいだ。
そんなライカの見つめる先にいる銀髪の青年、エインズ=シルベタス。魔神と称され、銀雪の魔術師にして原典の著者アインズ=シルバータと呼ばれていた人物。表記された名の読み方が誤って伝えられてしまっていたが、銀雪の魔術師その人である。
その出で立ちは異様で、まず目に付く所で言えばその左脚と右腕である。
左脚は膝から下が欠損しており、歩行を補うために、木製の簡易な義足が取り付けられている。杖を持たなければ歩くのも困難な義足だが、エインズはこの義足との付き合いは随分と長い。杖なしで歩行も可能であり、その上、剣術における激しい足さばきも易々とやってのける程に身体の一部となっていた。
視線を左脚から上に移していくと次は彼の右腕。
長袖のドレスシャツの上から黒龍の皮を縫製したジャケットを上から羽織っている。しかし、そのシャツの右袖からは彼の手が覗けない。
風が吹けばその右袖は肩の部分から先、全てが翻る。
空の右袖、肩のあたりには他者から見れば何のためか分からない右手用の白手袋が留めてある。
さらに視線を上に移せば、その整った顔を見ることが出来る。銀色の長髪に、パーツの整った中性的な顔は、彼の声を聞かなければ女性と見間違える程。
特徴的なのは、その双眸。左の瞳は透き通る青色をしているが、右目は白濁としており何も映していない。
そんな身体的欠損が著しいエインズだが、優れた体捌きに加え剣術にも長けている。
現に彼の目の前の二人の剣士――ソフィアと、彼女を相手に剣を構えている執事服がまったく似合わない元ガイリーン帝国の剣士タリッジは純粋な剣の打合いでエインズに敗れている。
「さすが帝国の剣王クラスの剣士ですね。以前の私であればまったく歯が立たなかったでしょう」
手足の節々が筋肉でコブのように盛り上がった巨大な体躯をしたタリッジに向かい合うソフィア。
髪を後ろで一つに括り、ポニーテールでまとめている彼女は、タリッジとは正反対に細身で、短距離走者のように引き締まった身体をしていた。
そんな鞭のようなしなやかさを兼ね備えている彼女が手のしびれを確かめながら剣を構え直す。
「俺としては王国にここまで剣術に長けた女がいるとは思わなかった程だぜ」
「お褒めに与り光栄ですが、だからといってエインズ様の右腕は譲れません」
タリッジは「いやだから俺はそんなこと、まったくこだわってないから」なんて溜息をつくが、それすらも逆にソフィアは煽られたように読み取ってしまう。
周囲に被害を与えないように互いに最小限の身体強化を施して剣を打ち合う。
体格、筋肉の付き方、剣の扱いに加え、性格までもがまるで正反対。そんな対極にある二人の様子を見ながらエインズは、意外にも二人は相性が良いのかもしれない、と的外れなことを考えていた。
短く息を吐きながら鋭く剣を振る両者。辺りには剣のぶつかり合う音だけが響き渡る。
エインズは基本的に剣術に興味がない。体捌きや剣術に長けているのはそれが魔法・魔術の成長に繋がるから身につけているに過ぎない。
しかし今、彼がこうして二人の打合いを見ているのには理由がある。
エインズ曰く、現在もまだタリッジへの『問答』中なのである。
タリッジとソフィアが再度、息を整えるように剣を持った腕を止める。
「エインズ様の『問答』ですが、私はエインズ様がタリッジに剣を教えている様子を見ていないのですが、いつお教えなされているのでしょうか? ……まさか、私の知らないところで隠れてなさっているのでしょうか?」
ソフィアは疑心と嫉妬が絡まる心情で、エインズに訝し気な視線を送る。
そんなソフィアの言葉にすぐに首を横に振るエインズ。
「違う違う。これは魔法の性質とタリッジが求めるレベルが関係していてね」
エインズはソフィアに説明するように続ける。
その横でタリッジは、彼が『神技』を使えるようになるまで協力すると言っていたエインズの言葉に耳を傾ける。
ソフィアはサンティア王国の人間である。剣術に長けているといっても、魔法文化に慣れ親しんだ人間だ。その根幹にあるものは根付いた文化、魔法である。
かえってタリッジはガイリーン帝国の人間。帝国の文化に魔法は存在していても、それは何においても補助的な役割なのだ。利便性は感じていても、その価値は生活の補助から抜け出さないもの。
エインズは以前にソフィアやライカに対して説明した内容を再度語る。
魔法とは、体内にある魔力を体外へ放出したもの。加えて、放出される際に何かしら形を与えてやることで、無形の魔力から火槍や氷槍のような形が与えられた具体的な魔法として出力されるのだ。
「はい、それはエインズ様に分かりやすくご説明をして頂けましたし、これが魔法の略式詠唱や無詠唱発現に繋がることも理解できました」
ソフィアは頭の中を整理して、頷いて同意を示す。




