プロローグ 02
「ダリアス様は、自ら何かをなさったのですか?」
「いいや」
「ダリアス様の周りが、ダリアス様の指示や考えとは別に勝手に動いたのでしょう? でしたらそれはダリアス様が如何にしようとも、遅かれ早かれその結末に至っていたのではないですか?」
「……そうだろうか?」
目の前の女性が言わんとしていることをダリアスは理解できる。しかしそれは彼女の言い分の一部であり、言葉全てを完全に理解しているわけでもないし、納得する域にも達していない。
「ダリアス様の意思が拘っていないのでしたら、それは周りの者の意思による行動ですわ。意思は意志に繋がる。人の意志はどれだけ抑えつけようとも抑えられないのが必定。加えてお優しいダリアス様はその者の考えを無理に抑えつけようとしたのですか?」
「……」
女性が話す言葉によって灯火が点り、ダリアスがまだ認識し言語化できていない靄のかかった思考が徐々に晴れていく。
「ダリアス様は気高さに加え、優しさも兼ね備えているお方。そうはなさらないでしょう。であれば、なんてことはありません。貴方はただ事故に巻き込まれただけなのです」
つい先日、ダリアスは父ゾインとこうして一対一で部屋に相対した。
その時は死神のような冷たい眼で見られ、その声色は穏やかだが背筋が凍るような極悪な状況だった。
ゾインの書斎に並んだ調度品はここに並ぶように下品なものではないが、そのどれもがダリアスを拒絶していた。
まるで正反対。
最初は淡々と話していた女性だったが、気が付けばその言葉に抑揚がつけられ、慈しみが籠められていた。
彼女が、見るからに分かりやすい高価な調度品が、部屋全体が、ダリアスを優しく包み込む。
「ダリアス様が周りの者の意思を抑圧したわけでもなく、また、その反発を受けたわけでもありません」
「……どうしようも、ないな」
そんな環境は、ダリアスの思考を彼に都合の良い方向に改変していく。
タリッジがエインズに決闘を挑んだその前後のことと、その結末。
タリッジが挽回のため聖遺物を手に入れると言ってスラム街へ向かったその前後と、結末。
気づけばエインズの従者となっていた結末。と同時に、ソビ家の従者がブランディ家の従者となったという恥晒し。
ブランディ家が知らぬうちにエインズと交流を持ち、その結果知らぬ間に王族と張るほどに力を得ていたという結末。
それらが導くようにして、父ゾインのダリアスに対する評価を下げたのだ。
だが――、そう、改変される。
「……ただ一つ。ダリアス様に非があるとすれば……」
女性は大げさに目を伏せ、申し訳なさそうにぽつりぽつりと呟くようにダリアスに話しかける。
「非、だと?」
ダリアスは怪訝そうに訊き直す。
「いえ、正確には非とまではいきません。……しかしながら、今ダリアス様が煩わしい状況にいらっしゃるのは、貴方が先手を打たなかったからではないですか?」
彼女の言葉は、ダリアスが自身に都合良く考えさせるよう誘導する。
ダリアスのような性格の人間に対し、答えを与えることは最良ではない。自尊心が高い彼の場合は相手からの意見を拒絶する。だからこそ自ら考えさせ、そして結論に至らせる。そうすることで、反発させることもなく考えを飲み込めるようになる。
彼が思考しどのような結論に行きつくのか、その誘導さえしっかりとやってやれば彼のような自尊心が肥大化した人間ほど扱いやすいものはない。
「……確かに。僕は周りを信じて任せてしまっていた。僕自身が動いてさえいれば、僕の周りのクズどもに足を引っ張られることもなかったのか」
「そうでございます。ダリアス様が悪いというわけではないのですが、聡明な貴方が先ず動いていらっしゃれば状況は変わっていましたし――、」
女性は言葉を一拍あける。
そして彼女は分かっている。この一拍にダリアスはその続きを口にする。
「――、今からでも十分に挽回できる」
女性は静かに頷くだけに留める。
もう、目の前の扱いやすいガキを誘導する必要もない。彼は勝手に考え、勝手に結論に至り、そして勝手に前へ進む。
この女性にとって都合の良い方向に。
「なるほどな。お前が僕をここに呼んだ理由は、それに協力するということか?」
ダリアスの目の前で不敵な笑みを浮かべる。
「だが、それだけのためにここまで僕を丁重に扱ったりはしないはずだ。……僕に協力することで、お前にも利益があるのか。そうなんだろう?」
得意げにダリアスは女性に尋ねる。
「……まさかそこまでお見通しになられるとは。騙すつもりではございませんでした。ただ私にも――、」
女性はダリアスの発言に動揺の色を見せ、観念したように声のトーンを落として話す。
「別に問題はない。僕の目的に協力する中でお前がどのような利益を得ようが僕には関係がない。好きにしたらいい!」
「でしたら!」
女性は、ぱっと目を輝かせてダリアスを見る。その得意げな顔を。
「いいだろう。その代わりしっかりと働いてくれよ。……ええっと、そういえばお前の名前をまだ聞いていなかったな」
女性は座り直し、胸に手をやり恭しく頭を下げる。
「これは申し遅れました。私は『次代の明星』が一人、相克の魔術師ルベルメルと申します」
ルベルメルの肩のあたりで切り整えられた髪が垂れ、ダリアスの視界から表情が隠される。
与えられた答えではなく、自らが見出した答え。それがダリアスに、目の前の奇妙な女性に謎の信頼感を生ませる。その答えが他者に誘導されたものであるとも知らずに。
「以後、お見知りおきを」




