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23 第2部2章 終


 そこはアインズ領自治都市、銀雪騎士団の拠点の一室。

 外のドアには騎士団長という札がかけられている。


「失礼します、ガウス団長」


 銀雪騎士団の一人がドアを数回ノックした後、ガウス騎士団長の部屋に入る。

 そこには書類を山積みにした机に向かって筋骨隆々の男、ガウスが一人座っていた。

 短く整えられた髪に鋭い目つき。口元に髭を生やしたガウスは纏う装束の胸元を開けさせており、鍛え抜かれた立派な大胸筋が露わになっている。溢れんばかりの風格が、相対する者を威圧する。


「おう、どうした?」


 ガウスは部屋に入ってきた騎士に目を向けることなく、山積みの書類の一つにペンを走らせる。インクによりガウスの右手は真っ黒に汚れているところを見るに、長時間に渡って彼が机に向かっていることが窺えた。


 アインズ領におけるトラブルの解決、政を銀雪騎士団が全て担っている。そのため、追われる決済書類はやっつけても増える一方。

 資料の中身を読み、精査する。要否判定を下し、その結果の記載と合わせてガウスの名を署名をする。


 正直なところ、精査せずともガウスが署名するだけで山積みの書類は片づけられる。しかしそのような体たらくをしようものなら、アインズ領をここまでの領地として築き上げた聖人エバンやシリカにあの世で顔向け出来なくなってしまう。


 加えて、『銀雪の魔術師』アインズ――、今の時代に降り立ったエインズに合わせる顔がなくなってしまう。そんな使命感から、ガウスはこれまで以上に熱心にアインズ領の政に取り組んでいた。

 そんなガウスは目下、腱鞘炎の痛みを耐えながら手を休めることなく、部下の報告に耳を傾ける。


「キルクにいますソフィアからの手紙にございます」


「なに? ソフィアから? あいつ、とっくに王都に着いていただろうに連絡一つ寄越しやしない。今更どうしたって言うんだ?」


 ガウスは部下から手紙を受け取ると、部下を下がらせた。

 封筒を開けると、そこには紙が数枚入っており、王都に無事到着したことと、到着してからこれまでのことが書かれていた。


 ソフィアの几帳面な報告に目を通していくガウス。字には人の性格が表れるとよく言うが、正にその通りだなとガウスはソフィアの綺麗な文字を見て改めてそう思った。

 それからしばらく、ガウスの部屋には紙がめくられる音だけが響いた。


「……そうか。エインズ様は認識してしまったか。……ソフィアめ、あいつは昔からここ一番のところでヘマをしていたな」


 エインズを前に口を滑らせてしまったことも報告に書かれており、ソフィアの育ての親でもあるガウスは思わず頭を抱えた。

 そしてブランディ侯爵と協力関係になることに対し、エインズが同意したこと。これにより今後ガウスの下にブランディ侯爵が訪れるかもしれないとも書かれていた。


 それはつまり、これまで閉鎖的だったアインズ領がブランディ侯爵を門戸に外と交流を図ることを意味する。

 アインズ領の政を担っているガウスには、これがどれ程の影響をもたらすか容易に想像できた。


 アインズ領の情報はほとんど外部に漏れていない。外部に伝えた内容は、原典の内容のみである。それも、原本を悠久の魔女が副本化することで広めたにすぎず、アインズ領は原典の一部を開示しただけにとどまる。


 原典は一冊だけではない。正確に何冊から構成されているか不明だが、紛失してしまったものもいくつかある。

 アインズ領が保管している原典を、エインズの回答如何によってはいまだ外に開示していない内容を一番に入手する権利をブランディ侯爵家は得たことになる。


 現在開示された内容だけで、サンティア王国の魔法文化はこれほどまでに発展した。隣国のガイリーン帝国とは比にならない程である。

 王族とソビ家、ブランディ家の三つ巴の関係が大きく変化することを意味する。


「均衡は崩れたか……」


 ソビ家当主ゾイン=ソビはガウスが知るほどに有名な人物である。頭の冴えるゾインであればまず状況の整理を徹底的に行うだろう。そしてそれは、ソビ家の天秤が不利な方に振れたことに考えが行き着くだろう。


 そうなればゾインがその不利な状況をどのように引っくり返すか。その手段はガウスの考えも及ばないところではあるが、間違いなくアインズ領に対してマイナスに働くだろうことだけは想像できた。


「幸いなことに、ゾインが状況を整理する間の時間的猶予がある。この間に領内で体制を整える必要があるな」


 ガウスの目の前、机の上で山積みになっている書類よりも幾分もこちらの方が重要度は高い。今すぐにでも書類を机からほっぽり出したいところではあるが、これも並行して処理しなければならない。


「……今回の腱鞘炎は長く続きそうだな」


 ははは、と渇いた笑いを漏らし、ガウスは一人再び書類の決裁にペンを手に取る。

 普段であれば、王国の裏の支配者であるソビ家を相手取ることは避けるところではあるが、二千年の時を経て顕現した銀雪の魔術師エインズ、その本人に仕えることが出来る。それだけでガウスの心は高ぶっていた。


 主君たるエインズが進む道にガウスは、銀雪騎士団は付き従うのみ。

 その日は、夜遅くまでガウスの部屋に明かりが灯っていたという。



 王族、ブランディ侯爵家、ソビ家の三つ巴の関係はこれまでのような政治力のみの関係から一変した。

 ブランディ侯爵家には、『魔神』銀雪の魔術師エインズ=シルベタスとアインズ領自治都市。

 王族には、『悠久の魔女』リーザロッテが付いている。

 ソビ家は得体の知れぬ暗然とした力を備えている。


 王国の三大巨頭、そのうち王族側とブランディ侯爵家側には世界に干渉し、その理を歪ませる術を持つ、魔術師が絡んでいる。

 嵐は間違いなく巻き起こる。無差別に、巻き込まれた人物はその人生を一変させる。


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