08
「おい、シリカ! それにエインズ!」
その中の一人、エバンが二人を見つけこちらに駆け寄ってくる。
「どうしたのお父さん?」
「どうしたもこうしたもない、大変だ」
エバンの緊迫した表情からただ事ではないことが読み取れる。
「エバンさん、何かあったんですか?」
首を傾げながらエインズが尋ねる。
「お前たちはさっきまで、大樹の方に行ってたんだよな?」
「ええそうよ」
「子供たちを見かけなかったか?」
「え? 見かけてないわよ。帰りにすれ違ってもないわ」
「……やっぱりか。子供たちが大樹の方向へ向かったきり、帰ってきてないんだ」
「そんなまさか」
タス村の子供たちは、日が沈み始めたら家に帰るように親からきつく言われている。シリカも小さいころに口酸っぱく言われてきたのだ。
それはなぜか。
「……もしかしたら、森の方に入っていったのかもしれん」
村から少し離れたところに大樹がある。
大樹の付近を少し外れると木々が鬱蒼とした森に入ってしまう。
そしてこの森がかなりやっかいなのだ。
昼間は大人たちが狩りで中に入るのだが、夕方前には狩りを終わらせるのだ。それは、夕方を迎えると、動物ではなく、凶悪な魔物が森の中を闊歩するからである。
1体、2体であればエバンたち大人で対処できる。しかし、夕方を迎えた森は魔物で溢れ返るのだ。幸いに、森の周りを魔除けの結界で囲んでいるため村を襲来することはない。
そんな森の中に今なお入っていれば子供たちにかなりの危険が迫っていることになる。
「エバン、すぐに捜索隊を作るべきだ!」
村の男衆が若頭のエバンに判断を仰ぐ。
「もちろん、そうするべきだ。……だが」
捜索隊を結成して森に臨んだところで、無駄骨を折ることになるかもしれない。
そして、捜索隊も魔物たちの標的になることが必至だ。
「お父さん。どうするにしろ、判断は早いほうがいいわ」
このような厳しい判断を迫られたエバンの背中を何度も押してきたのは意外にもシリカなのだ。
エバンの下で厳しい局面を何度と経験してきたことで度胸もそれなりについてきたのだ。
「村において子どもは何にも換えがたい宝だ。すぐに捜索隊を作り、森に入るぞ!」
エバンは決断し、集まっていた男衆に弓と剣、防具を揃えてくるよう指示する。
「お前ら、急ぐぞ!」
すぐに男たちはそれぞれの家へ帰っていく。
「シリカ、エインズ、俺たちも一度家に帰るぞ。シリカもすぐに準備して森に入るぞ」
「わかったわ!」
成長したのはエインズだけではない。弓の技術はもともと素質があまりなかったのか上達具合はいまいちだったが、逆に剣術の上達具合は村でも群を抜いていた。
今ではエバンとも対等に渡り合えるほどにまで成長し、村の戦力の中心にも位置していた。
「エバンさん、シリカ。先に行ってください。僕が一緒だと遅くなってしまう。僕は一人で帰れますので」
いくら車いすでの移動ができるようになったからと言って、左腕しかないエインズではまともに前に進めないだろう。帰れなくもないだろうが、かなりの時間を要するはずだ。
しかし状況を踏まえると、エインズの判断は正しい。時は一刻を争う。
「……分かった。エインズ、気を付けて帰れよ! シリカ、急ぐぞ!」
「エインズ、家でお母さんと一緒に待っててね」
エインズは頷いて返す。
エバンとシリカが家へ走り出した。
「さて。魔獣か……。魔法とか、使えるのかな?」
エインズは一人、森へ顔を向ける。
その先から魔獣の鳴き声が聞こえてくる。
「……術式詠唱『その轍は汝により出来る。私はそれを止めず汝はただひた走る』」
エインズは紡ぐ。
これまでシリカに押されていた車いすが勝手に動き出す。
エインズが車輪を動かす必要もなく、エインズの思うままに走り出す。
「やっぱりイメージが確定していない現象の『魔法化』による略式詠唱、非詠唱はまだまだ難しいか。奥が深いね」
左手で顎をさすりながら独り言ちる。
村の慌ただしさに大人たちは誰もエインズに気づかない。
母親に抱えられた幼子だけがぽけーっと、車いすが勝手に動く不思議な現象に瞠目する。
車輪は下り坂だろうが、上り坂だろうが関係なく進む。下が不安定なところでも、ぬかるんでいようが進む。
ぬかるみを抜けるとひんやりとした空気がエインズに纏う。
夕日も遮るほど鬱蒼とした木々。
黄金色の小麦畑とは天と地の差。じっとりと不気味な森が現れる。
「ここからは僕の知らないところだ。いつも以上に用心しないと、魔法を見る前に餌になってしまうな」
カラカラと車輪は動き、エインズは森の中へと入っていった。