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 目を閉じ黙祷を捧げるソフィアと、目を開けたままその様子を漏らさず眺めるエインズ。

 幾ばくかの時間が過ぎる。

 シアラの全てが光に変わり、眩く散らばる鱗粉も最期には空間に溶ける。

 そこには何も残らなかった。あるのは荒れた商業区の一角。そして佇むエインズとソフィア。


「……シアラ、君の最期は間違いなく君そのもの、君だけのものだったよ」


 それはスラムの隅で、そこに住む者と腐った傷口を舐め合うような、死を待つだけの生き方ではなかった。

 シアラとして、一人の魔術師として、最期を迎えた。


 自分の意思で立ち上がり、意志を持って自分の在り方を奪い返した。それは醜い姿に違いはないが、それでも腐ってドブの中でくたばるよりかは幾分もまし。


「そろそろ帰ろうか、ソフィア」


 エインズは、ふぅと息を吐いてから腰を下ろしているソフィアに声をかける。

 ソフィアはさっと立ち上がり、普段の凛とした表情で応える。


「そうですね。朝から探していた一般人向けの塾らしき場所や講師も見当たりませんでした。また明日以降に致しましょうか、エインズ様」


 そしてソフィアは辺りを見渡しながら続ける。


「それにしても先ほどの火事は何だったのでしょうか。建物一つ燃え尽きてしまいました」


「そうだね」


「それに、あのスラムの少女は無事でしょうか。ここまで案内してもらいましたが、火事の時から見失ってしまいました。火事に巻き込まれていなければいいのですが……」


 わずかな時間だが見知った少女が災害に巻き込まれていないか、その安否を心配する口ぶりをするソフィアだが、わざわざ探して確認する必要もないと判断し、エインズのもとを離れない。


「そうだね」


 淡々と相槌を打つエインズの方に顔を向けるソフィア。

 ソフィアはエインズの左手にあるペンダントに気づく。それは女物のアクセサリーで、エインズがこれまで身に着けているところをソフィアは目にしたことはない。


「エインズ様、そのペンダントはどうなされたのでしょうか?」


 エインズはペンダントを前に、ソフィアに見せるように掲げる。


「これかい? これは、そのスラムの少女――、シアラから貰ったものだよ」


「シアラ、ですか。エインズ様に名前を覚えてもらえるとは、見どころのある少女ですね」


 ソフィアはその安そうな雑な装飾がなされたペンダントを間近でじっと見たあと、「それでもとてもスラムの少女が持っていたとは思えませんが」と呟く。

 そんなソフィアを、若干寂しさを滲ませた目でエインズは見つめる。


「……まるで僕が人の名前もまともに覚えられないみたいな言い方だね」


「エインズ様、どうかされましたか?」


 エインズの声にいつもの覇気が感じられない様子に、ソフィアはエインズの身を心配する。


「……いや、今日は歩き過ぎた。ちょっと、いや、けっこう疲れたね」


 エインズはわざとらしく左手で太腿を軽く叩き、筋肉をほぐすようなしぐさを見せる。


「そうですね。本日の夕食はなんでしょうか、楽しみですねエインズ様」


「ソフィア、君も少しは手伝いをして、料理を身につけなさい」


 ソフィアはバツが悪そうに目を横にそらす。

 それを苦笑いしながら歩き始めるエインズ。


「あっ、そうだ! ちょっと大きい荷物があるからソフィアも運ぶの手伝ってほしいんだよね」





「朝から何だか騒がしい様子みたいだが、何かあったか? さてはまたダルテがその忠誠心をこじらせたのかしら?」


 爽やかな朝日が、フリルやレースなどの装飾がなされた優雅なデザインのネグリジェを照らす。

 ゆったりとネグリジェを着る女性は髪が前に垂れないように肩にかけるようにして朝食を取っている。


 熱された鉄板の上で音を立てながら油を飛ばす赤身肉を、器用にナイフとフォークで切り分けながら眉間にしわをよせるようにしてゆったりと咀嚼する。

 その光景や匂いは、見る者の肋骨下部を締め付けさせる。


「どうやら昨日、商業区のあたりで火事が起きたようでございます、リーザロッテ様」


 テーブルにスープやパンなどを配膳するミレイネももちろん絶賛朝から胸焼け中である。


「ほう、それはまた。だが、そんなもの取り立てて騒ぐほどのことではなかろう?」


「俗に言うスラム一帯は焦土と化しており、残るは死んだ土だけとなっていまして」


 ミレイネは上質なバターと、程よい酸味の効いた柑橘系のジャムをパンの横に添える。


「加えて、ダリアス=ソビが従者のタリッジとその仲間が拠点としていた建物一棟、跡形もなく消滅してしまいました」


 それを聞き流しながら肉を頬張るリーザロッテ。


「あの被害状況から鑑みるに、宮廷魔法士の腕をもってしても再現不可能なようでして。僅かな目撃者は見間違いかもしれないが、黒い炎を見たと言っているようです」


 はねた油が指にかかり、思わず手を引っ込めるリーザロッテ。さらに彼女の眉間にしわが寄る。


「スラムがなくなったのであれば、お前らからすればいいことなのではないのか? 死んでいた土地も今後活用できよう?」


「問題はその強大な力を持った人物が特定もされずいまだ王都に潜んでいるという点でございます」


 朝食を取っているリーザロッテの部屋、その扉一枚向こう側では、報告や調査などで衛兵や魔法士、文官が引っ切り無しに廊下を走り回っていた。


 商業区の一角で済んだから良かったものの、それが王城に向けられては一大事だと各々がそれぞれの管轄内で早朝から冷や汗をかきながら対策を練っている。


「ミレイネ、先ほどそなた黒い炎と言ったか?」


「はい、そうですが」


「ふん、ならばそれはそなたらの出る幕ではなかろうな」


 リーザロッテはナプキンで口元を拭った後、空のワイングラスのプレート部分を指で数度叩く。

 それを確認してミレイネが中へ注ぐ。


「と、言いますと?」


「それは十中八九『魔術』であろう。騒動の原因は魔術師だ。魔術であれば、ヴァーツラフお抱えの魔法士をどれだけ集めようが無駄だ。……ブランディのところの、ええっと、カンザスは何か報告してきたか?」


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