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15

「……シアラ?」


 言葉が途中で終わったシアラに、すぐに異変を感じ取るソフィア。


「シアラ!? どうしました!?」


 強く呼びかけても返答もしないシアラの胸元には黒炎が灯っていなかった。

 ソフィアはシアラの両肩を掴んで揺さぶるが、その力で膝が折れ、首が垂れ落ち、幼い身体は力なく地に落ちる。


「……まさか、エインズ様の言うように……」


 死んでしまったのだろうか。

 震える声で紡いでいたソフィアの言葉は最後まで続かなかった。

 ゆっくりとソフィアは小さく軽い身体のシアラを横にして瞼を閉じる。


 息はなく、脈はなく、鼓動はない。

 それはまるで苦痛なく眠っていた。


「……どうして」


 エインズが危惧していたこととは言え、ソフィアには理解できなかった。

 シアラは敵の攻撃を一つも受けておらず、魔術を発現させている最中も平然とした様子で使用していた。

 原因は間違いなくエインズの言っていたように、ペンダントを手にした時だ。


 それは一瞬だった。シアラがペンダントを手にしたその一瞬で、ソフィアが認識できなかった何かがシアラに起きたのだ。

 気づけばシアラは外傷もなくその心臓の動きを止めていた。


「ごめんごめん、遅くなったよ」


 悲嘆に暮れていたソフィアのもとに、エインズがやってきた。

 その声色はどちらかといえば喜色で、足取りも軽やかなものだった。


「……エインズ様、シアラが……」


 ソフィアは目を伏せながらエインズに静かに横たわるシアラの様子を見せる。

 穏やかに眠るシアラを見つめるは、エインズの碧眼と白濁とした瞳。

 エインズはシアラの右手に収まっているペンダントに目が留まる。


「そうか。手にしてしまったんだね」


「申し訳ございません。エインズ様に事前にお教えいただいていたのに、この様です」


 何をすればいいのか、どんな行動を取ればシアラの死を防げたのか、前もってソフィアはエインズから教わっていた。しかし、事は起きてしまった。

 ソフィアは悔やんでも悔やみきれない。


 そんなソフィアに言葉を投げることなく、エインズはいまだ微かに温もりが残るシアラの右手を開き、その中からそっとペンダントを手に取る。

 そのお世辞でも高価とは言えない安価なペンダントを眺めながらエインズは口を開く。


「いや、これは仕方ないよ。遅かれ早かれシアラはここに行き着いていた」


「どういうことなのでしょうか、エインズ様? シアラはどうして……」


 いまだ横たわるシアラから目を離せずにいるソフィア。


「シアラは課されていた『制約』に違反したのさ。世界の理に干渉しそれを歪ませる術を持つ魔術師が唯一絶対に守らなければならない理――、『制約』をシアラは犯した」


 強大な力を有する魔術師が何の制限もなくその力を行使することは出来ない。

 そこには制約が課されており、それに違反した魔術師の行き着く先は死である。

 それはリートが魔術師に至った時に、ソフィアはエインズから聞いていた。


 ソフィアの目の前で起きた、シアラが一瞬で死に至った事象、その理由が制約違反にあるとエインズは語った。


「ではエインズ様はシアラの制約を知っていて、そしてシアラがあのペンダントを手にした時に、制約違反になると分かっていたのですか?」


「いいや、はっきりと分かっていたかと言えばそうではないね。ただ、黒い炎を操る魔術に至った人間は、シアラが初めてではないんだよ」


「え?」


 思わずソフィアは聞き返す。

 エインズの右腕もそうだが、あれほど強大な力を持つ魔術が固有的なものではないことに驚きを隠せなかったのだ。


「魔術の根源は、その者の真なる欲望。これまでもそうだったけど、黒い炎を発現させる者の欲望はなべて残酷なものだった」


 エインズはペンダントを手にしながら立ち上がり続ける。


「そしてそれに反するように課される制約というのは、黒い炎を操る魔術師には厳しいもののようでね、『黒炎の魔術師』はみな短命だったね」


 だから経験則でシアラに課された制約がなんとなく予想できた、とエインズは結んだ。


(胸元で灯る炎。なおかつ黒。それだけでその源が何なのか、分かりやすいくらいに想像できる。だからそれに課される制約も)


 いまだその場から立ち上がろうとしないソフィアにエインズは落ち着いた声色で声をかける。


「せめて今だけでも、ソフィアだけは、シアラの死を惜しんであげてほしい」


「埋葬をしてあげたいのですが……」


「……必要ない」


 エインズは軽く首を横に振り、ソフィアの頼みを撥ねる。

 静かに眠るシアラの身体から、煌めく鱗粉のような光が次第に発せられた。


「エインズ様、これは?」


 まるで初めての現象にソフィアは瞠目する。


「制約違反で死に至った魔術師は、世界の理を捻じ曲げた魔術師は、その死を嘆いてもらうことも許されない。亡骸は残らず、その死は世界に迎合するように都合よく改変される」


 シアラの周囲を揺蕩う光の鱗粉、そんな幻想的な光景をエインズは見慣れた様子で眺める。

 無風の商業区。その中の、エインズらが立つ一帯に光が散らばる。

 その鱗粉の増加に反比例するようにシアラの身体が徐々に空間に溶けていく。


 ソフィアは無意識に宙に浮かぶ光を手でかき集める。しかしそれはソフィアの手をすり抜け、その場でじっと揺蕩う。そのどれもがシアラの身体が発せられ、どれ一つとして幼い身体に戻っていくものはない。


「シアラが光の欠片として散らばり、その身体が空間に溶け切った頃には改変は完了される。そうなれば理に生きる生者は嘆くことも出来なくなる」


 すでに太陽は沈み、夜の帳が下りた一帯に街灯が灯る。しかし街灯の光よりも揺蕩う光の方が眩い。

 街灯の明りよりも温かみのあるその鱗粉は、夜の星空よりも多く、無数にその光を燃やす。

 それらはエインズらの背丈では届かない高さまで舞い、その燭光らは彼らを包み込む。


 静かに驚いていたソフィアもこの事象を飲み込み、黙してシアラの死を惜しむ。

 その横でエインズはソフィアに聞こえない程の声量で呟く。


「……助力が必要だったとはいえ、魔術師に至ったこと。シアラの魔術は確かに君に関わる世界に干渉し、その理を捻じ曲げた。そこに同じ魔術師である僕も敬意を示そう」


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