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エインズのこの魔法。相手する者が初見であれば困惑し、対応に後手を食らう。魔力をもって実体を成し、剣技を振るう。
同時に三本もの剣とその各剣技に対処しなければならない。この魔法、神技を使用する者が優れた太刀筋であればあるほどその脅威は比例的に増す。
そしてこの、神技を使えるか否かがガイリーン帝国における剣王と剣聖の絶対的な境となっている。
タリッジは『三重』に限らず神技を使えない。故に剣王で甘んじているのだ。
そしてなぜ剣術のクラスが剣王、剣聖、剣帝と分かれているのか。それはそこにほぼ絶対的に覆らない実力差があるが故である。剣王では剣聖に敵わない。
神力を使用し、身体強化されているとは言え、その動きは人間の動きの域から外れない。比べてエインズが現在使用しているような『三重』は強化された身体だけでは再現出来ない。
腕は増えないのだ。剣は増えないのだ。別個の剣技をもって斬撃を成すことはあり得ないのだ。
神技はそれを成す。故に、神技。
エインズにとっては自らが使用する魔法の中の一つ。しかしタリッジにとっては絶対的に隔絶された実力差を意味する神技の使用。
タリッジのその鋭い眼光に動揺が生まれるが、それでもその三つの太刀に食らいつく。
「クソがっっ!!」
タリッジは初見ではない。だが、だからといって、剣王風情が神技に対応など出来ない。
三つの太刀筋から、重要度の高さで処理するべきものを選別する。
タリッジは大剣でエインズの本物の左腕が成す剣を打ち払う。
二つの刃がぶつかり合う激しい音と共に、エインズの持つ粗末な剣は刀身が砕かれる。
が、魔力によって実体化している二本の太刀が隙だらけのタリッジの太腿と横腹を同時に切り裂く。
飛び退くように回避行動を取るが、間に合わない。致命傷にはならないものの、血が噴き出すほどの負傷を負う。
エインズは追撃しない。
タリッジは斬られた痛みに顔を歪ませながら、呼吸を整える。
「なるほどね、君はこれを神技と呼ぶのか……」
刀身を砕かれたエインズはその柄だけになった剣を放り捨て、義足で数回地面を鳴らす。
直後、一本の太刀が地面から生み出される。
それに目を向けることなく平然とエインズは生み出された剣を手にする。
「神力、神技を使いながら魔法も使うなんて、お前、一体、なんなんだ! どこでその神技を身に着けた! なぜ習得できた! 俺がどう足掻いても辿り着けないその域にどうやってお前は!」
肩を上下に動かしながら呼吸をするタリッジ。その揺れる目はエインズに向けられたまま。
エインズはエインズで困惑した。
タリッジの言う神力とは魔法文化サイドから見れば、ただの魔力。そしてその魔力操作をもって身体強化をしただけのこと。神技もただの魔法である。
タリッジの口からは魔法士という言葉も出ていれば、火槍や氷槍などの魔法についても見たことがあるようだった。であるならば全く魔法について知らないわけではないのだ。
「……そうか。彼、もしかするとガイリーン帝国の剣士というのは魔法を厳密に理解していないのかもしれない」
合わせて神力について、神技についても。それらはただ剣技を極限まで昇華させた頂にあるものと認識している可能性がある。
エインズの中で、タリッジへの興味、剣術に対する興味が急激に増していく。
魔法が剣術という枠組みの中で、それに特化する形で成長を遂げている事実。
そしてそれが神技という名で呼ばれる一つの文化に昇華されている事実。確かに捉えようによっては魔法であって魔法ではない。
エインズは、知らぬ間に自分の口角が上がっていることに気づく。
「……はは。そうかよ。魔法士であっても神技を使えるってのに、俺は……。なんだそりゃ」
対するタリッジは渇いた笑いをこぼす。
常人では持ち上げることもやっとであるクレイモアに目を落としながらタリッジは心境を吐露する。
「神技は使えねえ。だから邪道と分かっていながら魔法を習得しようと思ってサンティアに来てみたらこれだ……。こんなんじゃ敵わねえ」
戦意をなくし、クレイモアを握る腕がだらりと垂れ下がる。
「あのクソ野郎の神技に、クソ野郎の首を獲るためだけに剣を握ったこの腕は神技を習得しねえ。魔法だって理解できねえ。剣技に使えるものも見当たらねえ……」
今タリッジの目の前にいるエインズは身体に欠損を多く抱え、普通に考えれば使い物にならないどうしようもない人間。それがどうした。流派は違えども、上級の剣技を習得しながら魔法士と言う。タリッジが目にしてきた魔法士の中でも優れた魔法の使い手であることも理解できる。
そんな魔法士が魔法だけでなく、神力を使う。それもタリッジよりも洗練されたものを。加えて、タリッジが文字通り血反吐を吐きながら剣を振るった腕では辿り着けなかった神技すらも使いこなしている。
タリッジの心の中で、何かが折れるような音がした。
性格に難はあれど、タリッジは本来真っすぐな人間であった。
キルクでの横柄な態度や、横暴な振舞いは、彼が彼を取り巻く環境から目を背けた行動であった。
タリッジは自分でもそれが下らないことだと理解していた。
いつになっても神技のその一端にも触れられない事実や、剣士にはあるまじき邪道である魔法の習得も叶わない事実。それが焦りや苛立ちを生む。そして自分の横暴が許されているというぬるま湯に浸かっている心地よい現状がそれらの発散を全肯定する。
タリッジはいつの間にか腐ってしまっていた自分に気づく。いや、エインズと立ち合い気づかされた。
「君、なにか事情があるようだね。ただ食べるためだけにサンティア王国まで来たわけじゃなさそうだ」
「……はっ。別にお前には関係ねえ。言ったところでどうしようもねえし、どうしてくれとも思わねえ。ただあるのは今のこの下らねえ人間になり下がった俺と、仇を取る資格すら手に入れられなかった俺だけだ」
今でも筋肉質の身体をしているタリッジだが、全盛期からは考えられないほどに無駄な肉も付いてしまっている腕や手を見て笑いが込み上げてくる。
「……」
エインズは手に持つ剣を地面に突き刺し、手を離す。
「君、名前は?」
エインズの質問に、タリッジはいまだ自分の名前すら憶えられていないことに自嘲してしまう。
「タリッジだ。魔法士でありながら俺には届かねえ剣士の高みにいるお前には覚える価値もねえ人間だ」
「そうか、タリッジね。あと、さっきも言ったけど、僕は魔法士じゃなくて魔術師だよ。魔術師エインズ=シルベタス」