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 シアラの胸元に赤黒い炎が生まれる。それは徐々に大きくなり、右腕そして右手の先まで纏っていく。


「敵ながら助言するとね。……覚悟しなよ、君らが今相対しているのはさっきまでの名も知らぬ搾取されるだけの少女じゃない。黒炎の魔術師シアラという一人の魔術師の少女だ」


 シアラの右手から放たれる黒炎は彼女の思いのままに迸る。建物を飲み込み、燃やし尽くす。

 タリッジを含め男たちは全員炎を避けながら、やり過ごす。

 黒炎が収まるころには建物は跡形もなく消え去り、商業区の広い通りに彼らは立っていた。


「……仕方がないから僕が君の相手をしてあげるよ」


 エインズはタリッジに顔を向けてそう呼びかけ、シアラから離れる。

 タリッジも静かにエインズに付いていく。

 エインズとシアラの二手に分かれる中、ソフィアはどちらに同行しようか決めあぐねていた。


 本来であればエインズの下へ向かう判断に躊躇しないのだが、先ほどのエインズとシアラの『問答』を見てシアラの心の動きに不安を抱いたのだ。

 魔術という大きな力を得たシアラ、その発現するその魔術の禍々しさにソフィアはエインズの奇跡の右腕とは違う不気味さを抱いていたのだ。


 加えて、およそ幼い少女が抱くに適さない強烈な殺意という感情。シアラに降りかかる害その大小問わない全てを排除しようとする強い意志、憎悪はシアラを自暴自棄にさせているのではないかとソフィアは感じたのだ。


「(せっかくエインズ様が救って下さったんです。こんなところで死んでほしくはありませんが……)」


 そんなソフィアにエインズは歩きながら声をかける。


「ソフィア。シアラを死なせたくないなら彼女のもとにいたらいい。そして難しいとは思うけど、母親のペンダントがシアラの手に渡らないように立ち回らないといけないよ」


「えっ?」


 ソフィアは思わず驚きの声を上げるが、その後をエインズが続けることはなかった。


「(シアラがここに来たのはペンダントを取り返すため。それはエインズ様も知っていたはずです。ですが、今のエインズ様の発言はそれに反するもの。どういうことなのでしょうか)」


 エインズの言葉にさっぱり理解することが出来ないソフィアだが、エインズが意味もないことを言うとは思えない。そこにはきっと何か理由があるはずだとソフィアは納得する。

 ソフィアはエインズに背を向けて、シアラの下へ向かった。


「シアラ、相手の数が多いので無理はしてはいけません。私も先ほど建物の中で拾った剣があります。分担しましょう」


 ソフィアはシアラのその小さな背中に声をかける。


「……いらない。あいつらは全部わたしがやる」


 対するシアラはソフィアの協力を拒絶する。

 シアラがじっと見つめるその先には凶悪そうな面構えに武器を手にした男が十人以上いる。その中にはもちろん、形見のペンダントを手にしている男もいる。


 男たちは先ほどシアラが発現させた黒炎魔術に警戒しながら囲むように散開し始める。

 そんな連携を見せ始める敵に警戒するソフィア。まだ完全にシアラの魔術を理解していないソフィアにとって、敵に包囲されることがどれだけの脅威となるか危惧の念を抱かざるを得ない。


 男たちは口を開くことなく、目配せだけでコミュニケーションを図る。

 シアラの左方から一人の男が飛び出す。

 手入れの行き届いていないその剣は刃が死んでおり、もはや棍棒として打撃する武器と成り代わってしまっていた。


 それでも強度のある剣を大の大人が振りかぶって打てば、少女の骨など簡単に砕くことも可能。急所に入れば死に至るほどの殺傷力すら有する。


 男たちも伊達に王都で悪党として生き残っていない。本来、成人にも満たない少女を嬲るとなると無意識に引け目を感じたり加減を加えてしまうものだ。しかし男たちにそんな甘い考えはない。甘い考えを持っている人間から真っ先に死んでいく、それが悪党の世界である。


 剣を振りかぶる男の目は、シアラを一人の敵として捉え純粋な殺意が込められている。

 男の武器がシアラに届く間合いまで近づいた時、シアラの胸元で灯っている黒い炎が不気味に揺らめき、男とシアラの間に壁を作るように薄く広がる。


「剣に火が纏わりつこうが、そのど頭かち割って綺麗にあの世へ送ってやるぜ!」


 男はシアラの黒炎が炎系統の魔法だと推測する。建物を燃やし尽くした強力なものでも、剣が燃え尽きるまでには幾ばくかの時間がかかる。その間にその柔らかい脳髄を叩き潰せばそれで終わる。

 男はそのまま剣を力任せに振り下ろす。


「……へ?」


 男の手に何の感触もなかった。手応えもなく、ただ空を切ったような気持ち悪さだけが男の手に残る。

 薄く伸びた黒炎の壁が消える。

 男の持っていた剣はその刀身が消え失せていた。黒炎の壁に触れた瞬間に燃やし尽くしたのだ。


「な、なんだよ、それ……。その炎は!」


 すぐに男はシアラから距離を取るように飛び下がる。


「絶対ににがすもんか!」


 シアラの魔術『黒炎の意志』の根源はシアラに降りかかる害悪の排除。それが『炎』のような姿を成して発現しているだけである。炎ではないのだ。

 男が振りかぶった出来損ないの剣はまさにシアラに振りかぶった害悪そのもの。シアラの魔術がそれを排除しないわけがない。一瞬で消し飛ばす。灰も残さず。

 壁を成していた黒炎が今度は、飛び退いた男の右腕目掛けて触手のように伸びていき、巻き付く。


「くっそ、なんだこれ! 離れねえ!」


 巻き付いた触手はそのまま男の右腕を包みこみ、燃やし始める。

 シアラに振りかぶられた剣の刀身は害悪そのもの。であるならば、その害悪を振りかぶった男の右腕もシアラにとっては害悪と認識される。


 害悪を排除することがシアラの魔術の根源、意志である。

 男が必死に左手で炎を振り払おうとするが、消えることはない。質の悪い脂が焦げる臭いを撒き散らしながら、その肉と骨を燃やす。

 男を襲うのは右腕を燃やす激痛だけでは済まない。


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