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08

 それから二時間ほどが経過した頃だろうか。

 部屋に戻ってきたダリアスはタリッジの想像通り顔を真っ赤にして帰ってきた。


「おい、タリッジ! 評価を挽回する方法は考え付いたのか! 僕がお前の代わりに父上から怒られたんだぞ! 生半可なものじゃ、済まないんだからな!」


 部屋に入るなりタリッジを怒鳴り上げるダリアス。

 しかしそれを目の前にタリッジはびくともしない。


「一応だが。俺の仲間が『セイイブツ』を見つけたそうだ。詳しく知らんが、ダリアス様らにとっては貴重なものなんだろ?」


 仲間から報告をもらっていた『セイイブツ』とは何かいまいち理解していないタリッジであったが、それを聞いたダリアスは目を吊り上げた表情から喜色に変わる。


「なに!? 聖遺物だと? そんな重要な情報を持っていたのか。確かに聖遺物はここサンティア王国ではかなり貴重なものだ!」


「……それで、その『セイイブツ』を取ってくれば俺はまだダリアス様んところにいられるのか?」


 縋るような目ではなく、タリッジは仕方なくといった具合に話す。


「ふん! まあ、その聖遺物が本物なら父上への体裁も守られるだろう。それで? いつ手に入れるのだ」


「今から仲間と合流するつもりだ。本格的に動くのは明日になるだろうから、明日には手に入れてみせる」


 ふむふむ、と目を閉じ頷きながら聞き入るダリアス。

 きっと彼の中で何か打算しているのだろう。


「まあ、今日のこともあったからな。期待せずに待っていることにしよう」


 と、ダリアスは皮肉めいてタリッジに話すが、聖遺物を手に入れた後のことを想像し既に口元は緩んでいた。

 そんなダリアスを見ながらタリッジは、分かりやすい坊ちゃんだと思いながら形だけでも「助かる」と感謝の言葉を述べる。


 ダリアスが自室に戻り、タリッジが再度一人になったところで屋敷から出る。

 既に外は陽が沈んでおり、辺りは暗く静まり返っていた。

 居住区ということもあり、昼間の一般街区のような喧噪はもちろんなければ、人が歩いている様子もない。


 夜空には月が浮かび上がっており、石畳の道は月明かりよりも明るい街灯が光を落としている。

 居住区を抜け、一般街区に入れば喧噪が聞こえ始める。昼間のそれとは異なり、アルコールを摂取した者たちが気を大きくして騒ぐ様子。


 今すぐその中に混ざり酒を飲みたいと思ったタリッジだったが、ここはぐっと堪え一般街区を抜ける。

 商業区に辿り着く。

 一般街区程ではないが、それなりの賑わいが残る商業区の南。王国ではスラムと呼ばれている地域に近い一角にタリッジの仲間たちの建物がある。

 木製のドアを開きタリッジはその中に入った。


「兄貴! お疲れ様です!」


 入ってきたタリッジの姿を見た者たちが各々挨拶をし始める。

 それに「おう」と短く返すタリッジは部屋の奥のほうまで歩いていき、この部屋にある椅子の中で一際立派なものに腰を下ろす。

 タリッジ専用の椅子である。


「それで兄貴。今日はどうしてこちらまで?」


 仲間の一人が、氷を数個入れ冷やした赤ワインで中を満たしたジョッキをタリッジの目の前まで運びながら聞く。


「いや、今日の昼に少しマズってな。ソビ家の坊ちゃんの機嫌を直さなきゃならん」


「……兄貴、いつもながら大変そうですね」


「まあ、それもあって俺らはその恩恵を受けられている」


 タリッジは何不自由なく自分の求めるものを探し、贅沢の限りを尽くし一息つくこともできる。

 タリッジの目の前に立つ男たちもそんなタリッジに付いていくことでその恩恵にあずかっている。彼らも彼らで王国内での自由と贅沢を手に入れ、生活に困っていない。


「……何かご入用なんですかい?」


「ああ。この前報告に聞いた『セイイブツ』というのが、今回坊ちゃんの機嫌を直す特効薬のようでな」


「王国に住まう貴族がこぞって欲しがる代物ですしね」


「……そうらしいな。それで、どうだ?」


 タリッジの問いはざっくりしたものだが、付き合いのある仲間はこの問いの意味するところをくみ取る。


「へい。ちょうど明日にでも手に入れようと思っていたところでした」


「そうか、それはちょうどよかった。手に入れた後、お前らで先に金貨に替えられてしまっていたら大変だった」


 タリッジは表情変えず軽口を叩く。

 それに笑って答える男。


「あの坊ちゃんなら大金を目の前にされても何も喜びませんでしょうね。金持ちというのは本当に分かりません」


「ああ。むしろ『セイイブツ』を売った金がこれですなんて言おうものなら、それこそ俺たちは路頭に迷うことになるだろうよ」


 そこでタリッジはジョッキを傾ける。

 キンキンに冷えたワインが喉を通る。男ばかりが屯しているこの部屋はむわっとした暑苦しさがあり、そこにこの冷えたワインは沁みる。


「兄貴はここで待っていてください。俺たちで取ってきますので。……その代わり、褒美は頼みますよ?」


「もちろんだ。そこは持ちつ持たれつだ。頼んだぞ」


「へい。とりあえず今日は飲みますか。他のやつらも兄貴がここに来て盛り上がってますんで」


「そうだな!」


 そこからはワインの大きな樽を五つ空けるほどに飲み明かした。

 女性のいないいまいち華やかさに欠ける場ではあるが、アルコールが回ればそんなものは関係ない。くだらないことで盛り上がり、仲間どうしで殴り合い、それを傍から煽りさらに盛り上がる。


 すっきりとしない一日を過ごしたタリッジには安酒であろうが、バカ騒ぎしながら呷るように飲む酒はそんな陰気なものを吹き飛ばす。

 タリッジが酔い潰れ、気を失うように眠りについたのは陽が昇り始めるころになってからだった。


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