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04

 エインズは続ける。


「断言しよう。僕らが去ったあとで別の誰かに奪われるだろうね。それはすぐじゃないかもしれない。だけど将来必ず誰かに搾取されるよ」


 餌を与えられるだけの家畜はそれ以上を求めない。自らが狩りをして食料を手に入れようとは考えない。


「ソフィアの先ほどの言葉はその子にとってその場しのぎ。今はポーションで怪我はなくなったけど、次も同じ怪我、いやそれ以上の苦痛と絶望を重ねるかもしれない」


「し、しかしエインズ様。以前の少年、リートの時にはお救いになられました」


 エインズの青い瞳と白濁とした瞳を見つめるソフィアの目にいつもの眼光はない。


「リートは望んだんだよ。自分はどうなってもいいから力が欲しいと。妹を救いたいと。それだけの覚悟と変わるための一歩を、その恐怖に臆することなく選んだんだよ」


 それに比べて、とエインズは少女を見下ろす。


「そこから動こうとせず、変わろうとせず……。そんな薄汚い鼠にフルコースのディナーを与えるほど僕は優しくない」


 エインズはきっぱりと少女の縋ってきた手を払いのけた。

 彼の言葉は少女には強すぎる。自分の境遇を顧みて、それでいて無意識に縋った救いをここまではっきりと拒絶された。


「わ、わたしだって……」


「何か言ったかい?」


 涙を地面に落とす少女を見下ろしながらエインズは聞き返す。


「わたしだって! できるんだったら! 変えられるんだったら! ……ここから――、」


 そこからは大粒の涙と嗚咽で続かなかった。

 エインズは泣き崩れた少女から興味をなくし、先ほど少女が話した言葉に疑問を覚えた。


「そういえばソフィア、さっき、その子が言っていた『セイイブツ』って何なの? 僕、初めて聞いたんだけど、ソフィアは知っている様子だったよね」


 先ほどまでの冷たさはなく、普段の声色に戻っているエインズに一瞬躊躇いを見せるソフィア。


「え、ええ。『聖遺物』のことですか。はい、知っております」


「聖遺物?」


「はい。『聖遺物』はペンダントや剣、書物などの『物』に多く見られ、その物自体が魔力を生み出します。名高い英雄や王族、皇族の私物の中に『聖遺物』が発見されることが一般的で、少女のような無名の形見に現れることは珍しいのですが」


 それ自体が魔力を生み出す。その言葉に思い当たるものがエインズには一つある。


「ソフィアたちが『原典』と呼んでいる僕のメモ書き集ももしかして?」


「はい、『原典』や『聖人の遺骨』は聖遺物の中でもかなり有名なものになります」


 エインズの問いにソフィアは頷き返す。


「『聖人の遺物』? 聖人って、どこかで聞いたことがあるような……」


 首を傾げながら朧な記憶を掘り返すエインズ。


「はい! ここで呼ばれる聖人とはお二方しかいません! 我らがアインズ領のエバン様とシリカ様のおふた、か、……た――、」


 憧憬の念を抱きながら語っていたソフィアはそこまで口に出してから自分が今エインズの前で何を口走ってしまったのかに気づく。


「……エバンさんに、シリカ……? アインズ領という呼び名に聞き覚えはなかったけど、あそこは間違いなくタス村だったし……」


 エインズはそこまで考えを巡らせて、そしてエインズが認識している数年とは思えない程の変化を遂げていた外界、生活文化、それらの点が一本の線として繋がる。


「……」


「……」


 嗚咽を漏らしながら泣いている少女の横で固まっているエインズとソフィアの二人。

 ソフィアはやらかしてしまった冷や汗をだらだらと流して青い顔で固まり、エインズは帰結した思考に驚き、固まる。

 その硬直は程なくしてエインズの発する言葉で解ける。


「……ソフィア」


「は、はは、ははい」


「……シリカと、エバンさんは死んだのかい?」


 うつむいた様子でソフィアに質問を投げかけるエインズ。


「……」


 ソフィアにはさらに青い顔をして固まる。


「二人が死んでから、どれだけの時間が経ったの?」


 エインズのさらなる質問にもソフィアは沈黙してしまう。

 ソフィアとしては、そこから誤魔化すこともはっきりと伝えてしまうことも、そのどちらもが恐ろしすぎて声が出ない。


「……ソフィア」


 そこでソフィアも観念した。


「は、はい。…………エバン様と、シリカ様が逝去されて、……二千年程が、……経過しています」


 ソフィアのそれは少女のむせび泣く声よりもわずかに大きいくらいの細々としたものだった。


「……二千年、か。そう、か」


 ぽつぽつと呟くエインズ。

 ソフィアはそれが恐ろしすぎてエインズから顔を背けながら盗み見るようにしてエインズの顔色を窺う。

 それからエインズは沈黙し、そして幾ばくか時間が経ち、肩を震わせ始める。


「……ふふ、ふふふ、ふはははは」


「エ、エインズ様……?」


 急に笑い始めたエインズに不気味さを覚えるソフィア。


「ふはは! そうか! 変わった変わったと思っていたけど、ここまで大きく変わったのか!」


 顔を上げるエインズ。その目からは涙が流れていた。


「まさか二千年とはね。……どこが分岐だろう? どうして? 僕の感覚と実際の時間の流れとの乖離。……魔法? いや、それはないね。……魔術、か? 魔術だ。いつ? 誰の? ……まさか僕の知り得ないところで魔術にまで至ったのかな? どうして今回?」


「申し訳ございません! エインズ様が悲しまれるだろうと思い、エインズ様が諸々に落ち着き、整理できたところで打ち明けようとガウス団長と決めていたのですが」


 エインズの涙に焦りながら深く頭を下げ謝罪するソフィア。


「悲しい!? 僕が? ソフィア、僕のこの顔が悲しんでいる顔に見えるのかい? 逆だよ、逆! 嬉しいのさ。ああ、世界が色鮮やかに見える! 見違える!」


「よ、喜んで、いらっしゃるのですか。そ、それは良かったです」


「ああ、ありがとうソフィア! ガウス団長にもお礼を言わないと!」


 エインズは左腕しかない手を大きく広げて空を仰ぐ。


「ああ、知りたい、その魔術。何としても手に入れたい……」


 悦びの余韻に浸りながらそう呟くエインズ。

 その横で、意外な反応をされ面食らうソフィア。


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