03
ソフィアは今すぐに男五人に斬りかかろうとするが、普段あるはずの剣が今は腰にない。
腰のあたりで宙をさまようソフィアの右手。その目は男たちを射殺さんばかりだ。
「ソフィア、だめだよ剣も持たずに一人で行ったら」
そこに到着したエインズ。
「はっ、姉ちゃんの仲間か。なんとも……、足手まといのようだな」
見定めるようにエインズの足から頭まで見やる男と、肩をすくめながら静かに立っているエインズ。
「この女、どうする? けっこうな上玉だぜ? ……攫うか?」
ペンダントを握り持つ男がソフィアに下卑た目を向ける。
「いや、今はそれよりペンダントが先だ。兄貴のところに戻るぞ。姉ちゃんもそこの足手まといな助っ人に免じて今は見逃してやる。さっさとここから去るこったな!」
男はそう言い終えると、気配を殺し目を伏せているスラムの住人を蔑視しながら仲間を連れて歩き去っていった。
「いいのですか、エインズ様!?」
エインズは何もせず、男たちが去っていく方向をぼうっと眺めていた。
ソフィアの方は今すぐにでも男たちを追いかけようと考えていたが、横のエインズが動こうとしない。そのためソフィアは動かずじっと男たちの背中を睨みつけていた。
「なにが?」
きょとんとした様子で返答するエインズ。
「あの男たちです。あんな横暴、私は許せません」
「そうだね、たしかに乱暴だったね……」
うんうんと頷くエインズ。
「……そ、それだけでしょうか……?」
頷くだけで何も動こうとしないエインズにソフィアは肩透かしを食らう。
「他になにかあるの?」
「この少女は助けないのですか?」
ソフィアが目を向ける先には、先程まで袋叩きにあっていた少女。その顔は口の端が切れており、擦り傷も多々見られ、赤く汚れている。着ている服はそもそもが粗末なものだが、汚れに加えて破れている箇所も多くある。
「かわいそうだけど、……もしかしてソフィア、その女の子を助けるの?」
まさか? と疑うような目でエインズはソフィアを見る。
「は、はい。というよりもエインズ様ならそうなさると思いましたが……」
ソフィアの言葉は尻すぼみに小さくなっていく。
「まさか!? そんなことしないよ、無駄でしょ」
「……へ?」
エインズの返しに思わず声が漏れるソフィア。
「ソフィア、その子をなぜ救うの?」
まさかの質問を聞かれるソフィア。
「なぜ、とは。目の前で理不尽な目に遭わされているのは見過ごせません!」
「正義感の強いソフィアらしい。ならなぜその子だけなの? 周りにも似た境遇の人間は多くいるよ? 今回はソフィアの目の前で理不尽な目に遭っていないけれども、別の所で遭うかもしれないし、遭っていたかもしれない。どうして彼らは助けず、その子は助ける?」
「そ、それは……」
答えに詰まるソフィアを数秒見つめ、それから小さく息を吐くエインズ。
「……たしかに、目の前でぼろぼろの少女を見過ごして帰るのは寝覚めが悪い」
エインズは指環のアイテムボックスを展開し、その中からポーションを取り出す。
瓶の口を開け、血に汚れた少女の顔を持ち上げて口から流し込む。
少女は一度むせたようにせき込むが、その後のみ込んでいく。
それから間もなくして怪我がきれいさっぱりなくなった少女は目を開ける。
「た、助かりました。……ありがとうございます」
瓶を持って少女を見つめるエインズに、座ったまま小さくお礼を言う。
「それじゃ、行こうかソフィア」
「……は、はい」
ソフィアは心にとげが刺さっているような、もやもやと消化不十分な感覚を覚えた。
「ま、待ってください!」
少女は背を向け歩き始めたエインズを呼び止める。
「うん? どうしたの?」
少女に向き直るエインズの心情は読み取れない。
「ど、どうか先ほどのペンダント、取りかえしてはもらえないでしょうか? そ、それか、衛兵にお願いをしていただけたら……。わたしだと、わたしの身分だと、だめ、ですから」
暗く沈んだ顔で話す少女。
そんな少女を悲しそうな表情で見つめるソフィア。一瞬エインズの顔を窺った後、少女に尋ねる。
「……あのペンダントはあなたの何なのですか? どうしてあなたから奪おうとしたのでしょうか?」
身なりから判断するに、その少女が持っていたペンダントに高値がつくほどの価値はないだろう。ソフィアは少女に尋ねる。
「あれは、お母さんのたった一つの形見なの。それをあの恐い人たちは、『セイイブツ』とか言ってわたしから……」
少女の言葉にソフィアは一瞬目を見開いて驚いたあと、「……そうですか」と小さく頷いた。
「ほらね、ソフィア。これだよ」
そんな二人を置き去りにエインズは呆れた様子で話し始める。
「僕がなぜその子を助けなかったのか。これだよソフィア、分かる?」
「……い、いえ」
「他人に助けを求めるばかり。助けてもらったことはお礼を言っただけで済ませ、それからさらに助けを求める。自分は何もしようとしないのにさ」
「え?」
まさかそんな言葉をかけられるとは思わず、少女はエインズの言葉に驚いた。
「きみ、どうして自分で取り返そうとしないの?」
「わ、わたしには……」
持たざる者ゆえの自信の無さが少女から滲み出ていた。
「無理かい? ならどうして自分には無理なことを他人に任せるの? きみが受けたように僕たちも彼らから暴力を受けるかもしれないのに。しかもその理由はきみのお願いを聞いたがために、だ」
「……」
エインズの言葉に少女は黙ってしまう。
しかし少女の言葉にそんな無責任な気持ちがあったわけではないし、意図して話した言葉でもない。無意識に、あわよくば、助けを求めた。それだけだ。
「……僕らなら彼らから無傷できみのペンダントを取り返すことも容易いと思うよ」
「でで、でしたら」
焦ったように回る少女の口。
そこでエインズは少女から目を外し、ソフィアに顔を向けた。
「それでその後、この子はどうなると思う?」
「……エインズ様を感謝なさると思います」
エインズはソフィアの言葉に首を横に振る。
「そういうことじゃない。救われた少女はその後も無事だと思う? 他人に助けられるだけで自分はそこから一歩も動いていないこの子が、だ」




