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02

 それから数時間後。

 途中、見かけた茶店で腰を下ろして休んだりもしながら商業区を歩いたが、エインズが求めているそれらしき場所は見つからなかった。


「……これだったら、出かける前にカンザスさんにそれとなく聞いてみるべきだった……」


 数時間前の意気込みはどこに行ってしまったのか、すでにエインズの心は折れてしまっていた。

 そんなエインズの様子に思わず苦笑してしまうソフィア。


「どうしましょうかエインズ様。今日は戻りますか?」


「……うーん」


 それでもぽつぽつと前へ歩くエインズ。

 商業区の南部。キルクの南西部にあたるところを歩くエインズとソフィア。

 頻繁に行き交っていた馬車の数は減り、看板を掲げる商会の建物も見当たらなくなってきた。築年数がある程度経っている共同住宅が現れ始め、空き地や畑なんかも目立つようになってきた。


「少し雰囲気も変わってきましたね」


 あたりを見回しながらエインズに声をかけるソフィア。


「そうだね。なんというかさ、寂れているね」


 外部からやってきたエインズやソフィアでも感じ取ってしまうほど、ここ王都キルクの南西部はこれまでとまた一段と空気が違っていた。

 それはキルクに限らず、サンティア王国に限らず、どこにでもあるような場所。活気横溢なキルクであっても、その光は影を落とす。


 エインズ達が歩くこここそが、キルクが落とした影。いわばスラム街。

 他の街や国に比べればまだ治安の良い部類であるが、キルクの光の部分が眩しすぎるがゆえにそのインパクトは大きい。


 広い道だけが無機質に延びており、整備が行き届いていた石畳もここでは割れや欠損が見られた。放棄されたゴミも徐々に目立つようになっていき、それは南部に下るほど顕著になっていく。


「……」


「……」


 二人の会話も減っていく。

 ソフィアは悲しげな表情で、エインズは何を考えているのか読み取れない無表情で昼下がりの寂れた街を眺めていた。

 ちょうど道の交差点。


 広い幅員の道が交差すれば、そこそこな大きさのある広場のようなものになる。

 ゴミは散乱し、道の端には朽ち果てそうな小屋というか捨てられた木材や建材を無理やりにつなぎ合わせた、ぎりぎり雨をしのげる程度の寝床がいくつも並んでいる。


「おら! さっさとよこせクズが!」


 活気ない静かなスラム街に荒々しい声が響き渡る。


「や、やめて……。これだけは、ほんとうに……、いや!」


 エインズとソフィア、二人は声の発信源に目を向ける。

 そこには、調整も施されていないガラクタのような短剣等を手にした複数人の男と、彼らの中で、何かを大事に守るように身体を小さく丸めている少女がいた。


「うるせえ! お前らのようなゴミ共が取り締まられもせずここで生きていけるだけでも感謝しなきゃならねえだろうが! 人様にケチをつけられる立場じゃねえだろうがよ!」


 小さく丸まる少女の横っ腹を黒い革製のブーツで蹴り上げる男。


「……っつ」


 強引に息が吐きだされ、声にならない悲鳴を上げる少女。年はエインズやライカより少し若い、十歳くらいであろうか。

 一人の男だけではなく、少女を囲む男たちが蹴り、踏み、罵声を浴びせる。


「だれか……、だ、れ……」


 少女の小さな救いを求める声は、男たちの激しい罵声にかき消される。

 周囲には、朽ち果てそうな寝床からびくびくと事を静観する者、自分に同じ理不尽が降りかからないでくれと祈るように身体を振るわせながら手を合わせる者。少女に同情はするが、自分には彼女を救う力もなく、罪悪感に苛まれながら目を背ける者。


 そこは異様な場所だった。ぎらついた目で不格好な獲物で少女を脅し暴力を加える男たちと、少女と同じ境遇にいる死んだように息をひそめる者たち、そして蹴られる男たちの足の隙間から見えるそんなスラム街の人間に涙する少女。


「……見るに堪えません!」


 エインズの横で憤りを覚えるソフィア。


「……」


 エインズも思う。少女には同情する。しかしソフィアのようにこの三様のどれにも憤りを覚えたりはしなかった。


「エインズ様、ここでお待ちを!」


 小さく言葉を残し、少女の下へ駆けていくソフィア。


「あっ! ソフィア、君、帯剣していないこと忘れてない!?」


 エインズは左手を伸ばしながら呼びかけるが、すでにソフィアは止まらず男たちのもとまで近づいていた。


「……はあ。仕方ないか」


 エインズはゆっくりとソフィアの後を歩いて追う。


「おい貴様ら。今すぐその子から離れろ」


 着飾った女性の外見からはおよそ似つかない冷たい声で男たちに制止を呼びかけるソフィア。


「……なんだあ? お前には関係ないだろうが!!」


 少女を蹴っていた足を一旦止め、ソフィアに向き直る男の一人。残る四人はいまだに少女を蹴り続け、その胸元の隠している何かを奪おうとしていた。


「確かに関係はない。だが貴様らのその所業、正当なものではないのは明らかだ」


「姉ちゃん、分かってねえな。ここにいるこいつらに正当性を盾に庇護を受ける資格はねえんだよ!」


 男は、静かに涙を流し段々と弱っていく少女を一瞥してソフィアに語る。


「こいつらの過去は知らねえ。だが、こいつらは今現在王国に住まう義務を何一つ成していねえ。納税するわけでもねえ、働くわけでもねえ、違法にここらに住み着き、キルクの街の一角を殺してやがる。こんなゴミ共のせいでだ」


「それが貴様らの行いを正当化するものではないだろう!」


「いいや、変わらんね。王国に住みながら、自らの義務を果たさない。国の介入があれば間違いなく牢にぶち込まれる。その後は使い捨ての炭鉱送り」


 男は鼻で笑いながら続ける。


「ここで持っている物を渡せばそれをチンコロせずに見逃してやるって言ってんだ。俺らの方がまだ優しい。こいつらだって死にたくはねえだろ」


 まあ、生きてる理由もなさそうだがな、と男が締めたあたりで、とうとう少女は力尽き、胸元に抱えていたペンダントを地面に落としてしまった。

 それを男の一人が拾い上げ、ソフィアと話していた男に合図を飛ばす。


「手に入れたか。帰るぞ、兄貴に渡さなきゃならん」


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