06
(あの魔法、攻撃魔法って言ってた。あれが僕の求めていたもの)
一人になったエインズの頭の中は、死んだ村人のことでも、村の様子のことでもなく、魔法のことだけだった。
「……何かを呟いていた。あれが発生に必要、なのかな?」
しかしエインズには聞き覚えのない言葉だった。それに、
「これまでの生活魔法は何も言わなくても使えていた」
残った左手で水を生成する。
いつもと同じ感覚で行う。腕と脚の欠損によって不具合が生じるかと思ったがなんてことはなかった。
「ということは、『魔法』の発生には言葉は不要。言葉は何か別の意味合いなのか」
男が最後に見せた、あの発光は、
「……雷」
それが、エインズがこれまで見た中で一番近いものだった。
「とりあえず、やってみよう」
左手に目をやり、水を生成する感覚で、エインズが見たあの光を再現しようとする。
数秒経つ。
「……何も起きない」
何が違うのか。
エインズはすぐに水の生成成功と雷の生成失敗の違いが何なのか考える。
しばらく考えてみるが、分からない。
「……だったら別のもので」
雷をエインズに向けて放ってきた。
ということは放射できるということだ。
エインズは窓を開け、左手を窓の外に向ける。
(水の生成。形はボール)
左手に球状の水が生成される。
(そして、あの男のように、放射!)
水球が勢いよく外に向かって飛んでいった。
「……できた!」
出来てしまった。
「つぎは火だ」
これまでと同じように生活魔法『火起こし』で左手に小さな火を生成。
(もっと、大きく)
小さな火に意識を集中させる。
しかし、
「できない……?」
(ということは、生活魔法の火の生成では僕が思っているものはできないのかな?)
エインズは頭の中で、シルベ村の燃え盛る様子を思い浮かべる。
逃げ惑う人々の後ろを、全てを焼き尽くすように燃え盛っていた炎を。
「エインズ、入るよ。……どう、ごはん食べられそう?」
盆に食器を載せたシリカが部屋に入ってくる。
カチッと、エインズの頭の中のパズルが完成した。
急な身体の脱力感を感じながら、
左手になんと表現したらいいか分からない力が沸き上がる。
左手から大きな炎が発生する。
それは生活魔法のような小さな火種ではなく、間違いなく村を焼き尽くした激しい炎。
「えっ! ……火事!?」
エインズの左手から部屋を埋め尽くさんばかりに広がる炎に、シリカは思わず手に持っていた食器を床に落とす。
ガシャン! という食器の割れる音でエインズの意識は現実に戻り、目の前で燃え盛る炎に驚く。
「水を生成して、……消火」
左手に意識を持っていくと、水が生成される前に目の前の炎は消え去った。
「「……」」
呆然とするシリカとエインズ。
しかしシリカはただ、急な火事と急な炎の消滅に驚いただけ。エインズは先ほどの一連の状況の整理。
(生活魔法で発生しなかった炎が、イメージしたら、できた)
しかし、
(炎は出来ても、男のような雷は出来なかった)
つまり、
(魔法はある程度正確なイメージがなければ発生しないということ、か)
そう考えると、男の呟いていた何かしらの言葉。あれは、イメージを言葉によって再現するものなのかもしれない。
不確かなイメージを言葉によって補うことで、現実に生み出す。
「……なるほど。おもしろい」
エインズは魔法のなんたるかをおよそ理解した。
「……って、なにがおもしろいのよ!」
シリカがエインズの頭の上にげんこつを落とす。
「……いたい」
「いたい、じゃない! 一人にしたら、なんでこんな危ないことしてるのよ!」
「……魔法」
「魔法?」
「うん、魔法をためしてた」
タス村にも生活魔法は広く知られている。そのため、シリカも魔法は知っている。
しかし、シリカはあの目の前で燃え広がっていた激しい炎が生まれる魔法を知らない。
あれが、シリカが知っている魔法と同じなのか。
分からないけれどシリカは思う。
仮に同じ魔法だったとしても、きっとその目的は違う。
恐怖。それがあれを目にした時のシリカの印象だった。
「だとしても、こんなところでやったらダメでしょう! 家が燃えるじゃない」
シリカは腰に手をやり、「まったく。ごはんを思いっきりこぼしちゃったし」と床に広がるスープに目をやる。
「ごめんなさい。……そういえば、きみは、だれ?」
「はあ?」
部屋にあった雑巾を手にこぼしたスープを拭いているシリカの手が止まる。
「さっき教えなかった?」
「ごめんなさい。聞いてなかった」
「はぁ……」
呆れながらも、先ほどよりも口数が増えたエインズに安心する。
「シリカよ。今年で12歳。エインズはきっと私よりも年下よね?」
「うん。今年で6歳」
「そう。私、弟が欲しかったのよ。これからエインズは私の弟よ、いいわね?」
「おとうと?」
「そうよ。エインズの村も無くなっちゃたし、帰るところもないでしょ? ここに住んでてもいいのよ。お母さんもお父さんも良いって言ってたし」
「そうなんだ。ありがとう」
エインズの表情に幾ばくか生気が戻ってきた。
「なんかやけにすんなり受け入れるのね。6歳にしては物分かりいいわね」
シリカは「私が6歳の時はもっとわがままだった気がするわよ」と笑った。
シリカはまた手を動かし、残りのスープを拭いてしまう。
「それじゃあ、……シリカさん」
「シリカでいいわよ」
「それじゃあ、シリカの知っている魔法を教えてくれないかな?」
シリカはまたしても手が止まった。
目を見開いてエインズに訊く。
「ど、どうして?」
「どうしてって、魔法をもっと知りたい、から?」
首をかしげながら、答え方に困るエインズ。
そうじゃない。シリカが訊いていたのはそういうことではない。自分の村の惨状を目にして、自分の境遇を理解していて、先ほどまで生気なく死んだように座っていたエインズが、生気を取り戻したかと思えば、自分のことでも、村のことでも、これからについてでもなく、いの一番に魔法について訊いてくるのか。その心境についてである。
何も映っていない瞳でシリカを見つめるエインズに若干の恐怖を覚えたのだった。