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蹴られた刃先がタリッジの胸目掛けて飛ぶ間に再度エインズは地面を蹴って、離されてしまったタリッジとの距離を縮める。
「くっ……」
刃先への対応に回避行動がとれないタリッジは、大剣を盾のように構えて防ぐ。
咄嗟の行動ではあるがエインズの悪あがきを完全に防ぎ切ったタリッジだったが、エインズの目的は、すでに動きを止めた大剣にある。
タリッジとの距離を詰めたエインズは右脚を軸に左の義足の先端を突くような直線的で鋭い蹴りを繰り出す。
義足の先がタリッジの持つ大剣の刀身を叩いたと同時に、その接した一点から刀身目掛けて濃密な魔力を瞬時に放出する。
「……は?」
タリッジの手に痺れはなかった。
およそ似つかわしくない程に軽い音をたてて大剣は粉砕した。
「……」
「……」
そこからエインズは追撃することなく動きを止める。対するタリッジもエインズの予想外な動きとその結果に呆然と固まるしかなかった。
「……っ! そこまで! 両者の武器消失を確認したため、戦闘の継続は不可能と判断し引き分けとする」
意外な結末に、はっと我に返ったハーラルがその戦いに終止符を打った。
「はあぁ。別に勝ち負けに興味はないし、これで僕は帰っていいんだよね?」
エインズは蹴り上げていた左脚を下げ、瞠目しているタリッジやその周囲に散らばる二本の剣の残骸に目を向けることなく、声も出せず固まっているキリシヤとセイデル、そしてライカの下へ歩を進めた。
三人の元までやってきたエインズの表情からは面倒事からの解放感を読み取れる。
「エインズさん、すごかったです!」
そんなエインズの顔に、額が合わさりそうな程に接近して感激しているキリシヤ。
「え、あ……。ありがとう、ございます」
キリシヤに左手をぎゅっと両手で握りしめられたエインズは戸惑ってしまう。
「私の目なんかでは途中までしか追えませんでした! びゅっと、本当に、びゅっびゅって、すごい速さで、びっくりしました!」
剣を交えたエインズやタリッジ以上に、その迫力ある剣戟に興奮冷めやらぬキリシヤ。
「キリシヤ、少しは落ち着いて」
そんな王女の、友人の姿に苦笑いを浮かべるが嬉しく感じたライカは彼女をなだめる。
「エインズ、さすがね! 一応、勝敗は着かない結果だったけど今の打ち合いを見ればどちらが上だったか分かるわよ」
ライカがちらりと見やる先にはダリアスがいる。
呆然とした表情をしていた彼も、粉々に散った剣の残骸の中で立ち尽くすタリッジを見ながら徐々に苦虫を潰したような表情になっていく。
そんなダリアスの表情を見て一泡吹かすことが出来た笑みを作るライカだったが、口角の上がっていないエインズを見て目を伏せる。
「……無理言って悪かったわ。ごめんなさい」
そう視線を外しながら呟くライカの姿にエインズは意外な一面を見たような気がした。
「まあ、終わったんだしいいよ」
少し目尻を下げながら答えるエインズ。
エインズのすぐ横からいまだ目を輝かせるように感想を話し続けるキリシヤ、それに若干引きながらも相槌を打ちながら対応するエインズ。キリシヤの両側から笑うようになだめるライカとセイデル。
そんな喜色満面な妹やその友人に水を差すのも無粋と判断し、ハーラルは静かにその場を後にする。
ハーラルは途中、ダリアスとすれ違う際に「入学後はお互い学生だから、少し控えめにね」と肩をぽんと優しく叩いていく。
「……お気遣い、感謝致します」
悔しさに声が震えていたダリアスも、ハーラルが去った後にタリッジに声をかけて帰路についた。
エインズやライカたち四人だけが残る広い試験会場にはキリシヤの声だけが響いていた。
〇
早口で次々と言葉を紡いでいたキリシヤの口もそれから少し経って収まりを見せた。
間もなく日も落ちきるということで、ライカやエインズと挨拶を交わしセイデルを連れて帰路についた。
エインズたちも二人の姿が建物で見えなくなった頃、家路につく。
陽は沈み、空は夕焼けに染まる橙から暗く夜のとばりが降り始める。
整備された道の両端に並ぶ街灯、それらに灯りが点る。
ぼんやりと照らされた道をエインズとライカは横に並んで歩く。魔術学院から居住区までの道を歩くほとんどは居住区に住まう子息令嬢である。そのため、入学試験が終了してからかなり時間が経った今では二人の他に人の姿は見えない。
石畳を義足で鳴らしながら歩くエインズ。彼らは口を開くことなく、静かに歩みを進める。人気のない夜の様子も相まって静謐な空気が広がっている。
「……エインズ、改めてごめんなさい」
そんな口が開きづらい空気もあったのだろう、ライカの声は細々としていた。
「別にもう気にもしてないよ」
ライカの指している内容は、先のエインズとタリッジによる打合いのことである。
事が終わり落ち着きを取り戻しているライカは、変な自尊心によって空回りした挙句、心底面倒そうにしていたエインズに無理やりタリッジと立ち会わせてしまったという罪悪感と己の恥ずかしさに苛まれていた。
「それでも、従者という建前を利用してエインズの意思を無視してしまったし……」
「まあ……。それでも収穫はあったし、無駄ではなかったよ」
エインズはそんな肩を落としているライカを見ながら優しく返す。
足元の石畳に目を落としながら歩いていたライカは、エインズの言葉に「本当に?」と弱弱しく目線を移す。
「うん。ガイリーン帝国は剣術に長けているんだったよね」
「そうね。逆に魔法のレベルは王国よりも低いわね」
どちらかと言えば魔法に力を入れているサンティア王国を毛嫌いしての剣術特化路線を取っているとも言えなくもないが。
「だけど、剣術にも魔力操作が織り交ぜられていたよ。あんな粗暴な男でも魔力操作の技術はそこそこだったよ」
「タリッジが、魔力操作を?」
魔法も使えなければ、その知識も遙かに少ないタリッジが魔力操作に長けているとは思ってもいなかったため、ライカは思わず驚いてしまった。
「そうだね。途中からの動きはまさに体内での魔力操作による身体強化。荒々しい彼でも今のソフィアよりも使いこなせていたよ」
タリッジは力強さという自分の強みを理解し、それを身体強化によって最大限に発揮していた。そこに繊細さはなかったものの、魔法士で溢れるサンティア王国でも脅威足り得るほど。
そしてそれはガイリーン帝国をチャンバラ文化だと侮っていたエインズの好奇心に繋がる。




