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【第5部完結】隻眼・隻腕・隻脚の魔術師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔術の探求をしたいだけなのに~  作者: すずすけ
第2部1章 王都での余暇

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13

 声が枯れ、喉が空転するコルベッリ。

 右目は真っ赤に染まり、今にでも血の涙を流さんばかり。

 錠をかけられたその先、右手は完全にその生命を焼き尽くしてしまった。これにより幸か不幸かコルベッリは右手に痛みを感じることはなくなった。


「まだ終わらんぞ?」


 コルベッリの干からびた右手はさらにピキッと薄い殻が割れるような音を立て始める。その音は徐々に大きくなったかと思えば、土色というよりかは灰色に近い手にひび割れが生じた。


「……」


 コルベッリ自身の心はまだ折れていない。目はまだ死んでいない。しかし、長時間にわたって続いた激痛がすっと消えたことによる一瞬の安堵と混乱、そして潰れてしまった喉の前に、彼はその様子を黙って見ることしかできなかった。

 コルベッリの口端から垂れる涎が顎先から水滴となって岩床に落ちる。そんな彼の意識は右手にしかない。


 そんな生者と廃人の境をさまよう彼の右手が、殻の割れる音とは別に軽い音だが決定的に芯が折れたような音を鳴らす。

 カシャンと音を鳴らして右手から手錠が外れ、左手首一つでかかる錠はだらんと垂れる。


「……ぃ、……ひ」


 声が出ないコルベッリの視線が床に落ちる。

 落とされた視線の先には岩床に落ちて崩れた、右手を為していた砂の山があるだけだった。


「どうだ、面白かろう? 手錠が外れれば貴様もここから逃げられるかもしれんぞ? なんと妾は寛大であろうな」


 閉じていた扇子を開き、口元を隠しながらくつくつと笑う。


「だが右手と同じやり方では芸がなかろう?」


「あ、……た、なに……の、だ……?」


 コルベッリの口の動きで、声にならない彼の声を聞いたリーザロッテは「そうさな」と答える。


「妾の名はリーザロッテ。……ふむ、ピンと来ておらんようだ。やはり妾の名よりも通称の呼び名の方が独り歩きに広まっているようだ」


 隠した口元を露わにし、見る者の欲情を駆り立てる艶やかな唇がその口を開く。


「『悠久の魔女』と呼ばれているようだ。まるで老いぼれのようなこの呼び名、妾は好きではないのだがな……」


 悠久の魔女。『次代の明星』は魔法による選民思想を持つ集団である。その優位性を瓦解せしめた『原典』の副本を数多く作製し、万人に平等に魔法知識を知らしめた人物。コルベッリらからすると忌々しい人物。

 その人物が今、コルベッリの目の前で上気した表情に笑みを浮かばせて彼を見ている。


「……う、ううぅうあああ!!」


 憎悪に満ちたコルベッリは、壊れた喉で強引に声を上げて吠える。


「そう興奮せんでも、妾と貴様の蜜月の時間はまだまだ続くぞ? 一人で果てるなよ、妾も逝かせてもらわんと困る」


 まるで湿っぽいその艶めかしい唇が言葉を紡ぐ。


「限定解除『任意流転――』」


 長い長い『一瞬』に、コルベッリは絶望を、リーザロッテは愉悦に楽しむのだった。




 それからしばらくして――、というのはリーザロッテの体感であり、牢の外で待機していたミレイネからすれば一瞬のこと、冷たく分厚い鉄のドアが開かれ、熱い吐息を漏らしながらリーザロッテが出てきた。

 頬を紅潮させたリーザロッテに違和感を覚えたミレイネだが、そこに触れない。藪蛇に違いないと彼女は察した。


「リーザロッテ様、よろしいのでしょうか?」


「……ああ、ミレイネ待たせてすまんな。もう良い。知りたいことは聞いたから後は国の方で好きなようにするとよい」


「いえ、本当に一瞬でしたので……」


 リーザロッテの背で閉じられるドア。

 その上部に設けられた覗き窓から見えるコルベッリの姿にミレイネは息をのんだ。


「とはいえ、アレにまだ利用価値があるかは分からんがのう。完全に壊れてしもうた」


 湿っぽさを残す息を吐きながら自らの身を両腕でぎゅっと抱き寄せるリーザロッテの姿は幾多の男性を魅了し堕とすだろう。

 生きてはいるものの廃人と化してしまっているコルベッリを背後に高揚しているリーザロッテは不気味。


「(……やはり藪蛇でした)」


「では戻ろうか、ミレイネ」


 安定しない岩床を、綺麗にヒールの音を鳴らしながら歩くリーザロッテの姿は様になっている。同じ女性のミレイネでも惚れ惚れする程である。


「……聖遺物、か。いつからそんな綺麗で大それた呼び方をされるようになったのか。あれは結局のところただの――」


 リーザロッテの後ろを歩くミレイネには、彼女が嘲りながら呟くその言葉が届くことはなかった。




 入学試験が終了し、受験生が解散した試験会場の一つで、エインズとタリッジが向き合っていた。

 その両者から少し離れたところでタリッジが仕えるダリアス。そしてライカ、キリシヤ、セイデルが並んで座る。


 エインズとタリッジが向き合う中央にサンティア王国第一王子のハーラルが、この立ち合いの審判として立っていた。


「今からエインズとタリッジの立ち合いを行う。使用する剣は模造刀、攻撃魔法の使用は不可。勝敗は相手の降参や継続不可能と思われた場合。ただし、意図した殺しはもちろんなし」


 ハーラルがタリッジとエインズに視線を送り、その反応を見る。

 タリッジの方はすでに滾っているようで、目をエインズから離さずに「ああ」と頷いて返す。

 対するエインズは心底面倒そうに、並ぶ模造刀を見ていた。

 そんな両者の反応を見てハーラルは同意したものと認識して、二人に剣を選ぶよう呼びかけた。

 それぞれが剣を選び、相対する。


 タリッジは両手剣を選ぶ。彼の屈強な身体は軽々とその剣を振るっていた。

 対するエインズは一般的な片手剣を選ぶ。左腕一本の彼では両手剣は振ることは出来ないため、それらに見向きもせずため息をつきながら手に取った。


「二人とも、準備はいいかい?」


 両手で剣を構えるタリッジ。そして、構えることなくだらりと下げた左手で剣を持つエインズ。

 二人の熱量はまるで違う。そこに、舐められたと感じたのかタリッジは脅しをかける。


「おい、お前! 殺しはないから安全だなんて考えるんじゃないぜ! 模造刀とはいえ、骨を断つくらいは可能だからよ」


 重さのある両手剣。それをタリッジのように筋力に任せた一振りなら骨はおろか、当たり所が悪ければ死ぬ可能性もある。

 ルール上、意図した殺しは反則だが、立ち合い中の不可抗力ならば殺してしまうこともあると暗にタリッジは脅しているのだ。


「いや本当に、なんで僕はこんなことやっているんだ? ……試験を覗いてみた感じ、魔術学院は僕の思っていたほどのものとは違うし、気づけばチャンバラに付き合わされているし」


 そうエインズが呟いていたところで、タリッジの視線を感じて「ああ、こわいこわい」と適当に返す。


「……殺す」


 ぼそりと、誰にも聞こえないほどの声量で溢すタリッジ。


「では、始め!」


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― 新着の感想 ―
もうこれ拷問は手段じゃなくて目的なんじゃないか
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