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 そこは暗い一室。

 周囲が大きな岩をいくつも積み上げて作られた部屋。広さとすれば6㎡ほどあるが、周囲の岩が圧迫感を与え、自然光の入らない採光ゼロの構造は入る者に精神的な小さな負荷を継続的に与える。


 床は壁と同じ大きな岩が広がり、ひんやり冷たいそれはその部屋に入る者の体温と体力を奪っていく。

 朽ち果てそうなボロボロの机は脚の長さがそれぞれ合っておらず、少し力をかけるとぐらつく始末。椅子も同様である。


 四方を岩で覆われているが、一面だけ鉄製の分厚いドアがはめ込まれている。上部に、部屋の中を覗くためであろう小さな窓がついている。

 どういう構造か分からないが、部屋の中から覗き窓を通して外の様子を見ることは出来ない。外から一方的に部屋の様子を覗き見るためだけの無慈悲な窓。


 常に見られているという心象はさらに精神的に追い詰める。

 そんな劣悪な環境の部屋が並ぶここは、サンティア王国の牢獄施設の一室。

 王城のすぐ横、魔術学院と同じ王都の北東部に存ずる。

 そこに、頬がこけ、目の下に濃い隈が出来ている男性が一人居た。


 名は、コルベッリ。

 エインズと対敵し、捕縛された『次代の明星』の一員。

 この前まで長期にわたり尋問を受けていた。


 『次代の明星』の内情について尋問をしたが、なかなか口を割らないコルベッリに多少拷問をかけられたのは特筆することでもない。

 それでも口を割らないコルベッリに、王国側も次の手を考えている最中であった。


「(ここの拷問はぬるいもんだな。拷問官も本当の拷問を知らない坊ちゃんだ)」


 これならばいずれ助けに来る仲間をいつまでも待つことが出来ると高を括るコルベッリ。

 静かにその時を待つ彼の目の前で、今日も冷たく分厚いドアが開かれる。

 ギィイ、と重い音を立てながらゆっくりと開かれるドア。

 開かれた部分から入る光が牢の中を照らす。


 暗い中で瞳孔が開かれていたコルベッリには、その刺激が強すぎた。

 眩しさで思わず目を閉じたコルベッリだが、それでも開かれる彼の口からはまだ余裕が見られる。


「何度来ても、何も話すことはないぞ? それよりも今日は肉が入った熱いスープが飲みたい。ここの飯は冷え切った残飯しか出されなくて唯一の楽しみもこれでは気が滅入りそうだ」


 まったく参っている様子ではないコルベッリ。

 彼の嫌味にいつもなら拷問官に「黙れ大罪人」と決まり文句しかかけてこないのだが、今回は違った。


「ほう。豚の飯にしては豪華すぎたか? まだ元気ではないかこの家畜は」


「……誰だ」


 コルベッリの耳に届いた声はいつもの男の声ではなく、透き通りながらも高圧的な女の声。


「リーザロッテ様、許可された入室時間はわずかでございます。この後すぐに拷問官が来ます」


「分かっておるミレイネ。安心しろ、貴様にとっては一瞬のことだ」


 コルベッリの目の前で交わされる女性の声。

 徐々に目が回復していくコルベッリは閉められたドアの前に立つ女を見る。

 真っ赤なドレスに身を包み、艶のある髪が伸びた彼女はこんな陰鬱な牢で場違いすぎる。


「なんだ女か。拷問がダメなら色仕掛けか? ぬるい拷問に耐えればこんな褒美が出るのか。これは仲間への土産話になる」


 軽口をたたくコルベッリの机の前に歩いていくリーザロッテ。

 何もない空間で椅子に座るように腰を落とす。

 その不思議な光景に目を疑うコルベッリ。

 何もない空間でリーザロッテは確かに座っていた。


「……あんた、魔法士か」


 警戒を高めるコルベッリだが、両手には魔法の行使を抑制する錠がかけられている。これも魔道具の一種。

 目の前のリーザロッテが実力行使をしてくれば、彼に対抗する手段はない。


「何も話さないくせに、自分は情報を欲しがるか。躾も出来ていない豚よ。鳴き声も汚らしい」


 リーザロッテは何もない空間で頬杖をつく。


「貴様に会ったのには二つほど理由があってな。一つは胸元の『原典』の回収」


 コルベッリの胸元にかけられている数枚の『原典』の原本。

 表紙もなく、内容がむき出しのそれは無差別的に毒をばら撒く危険そのもの。そのため、コルベッリの胸元から回収できる人間が王国の魔法士におらずそのままとなっていた。

 危険性は十分に孕んでいるものの、錠によってコルベッリは魔法を行使することが出来ない。


「あんた、原本を見ることができるのか」


「造作もない。この場で朗読してやろうか?」


「……」


 リーザロッテの平然とした声色に、徐々にコルベッリに恐怖心が生まれ始める。

 ――エインズ。

 先の戦いでコルベッリは窒息してしまうほどの、どろりとした濃厚な恐怖を彼から経験した。

 目の前の女からエインズと同じ恐怖を感じ始めるコルベッリ。


「だがそれはせぬ。原典の内容を妾の言葉で紡げば貴様の耳がいくつあっても足りぬ。今はまだ語らぬ豚だが、妾にも聞きたいことがある」


「……ふっ、あんたに聞きたいことがあっても、それを俺が話すとでも思うのか?」


 コルベッリは支配されつつある恐怖心を振り払いながらリーザロッテに吹っ掛ける。

 それを煩わしそうに見ながら口を開くリーザロッテ。


「貴様の意思など知らん。妾の言葉を聞く耳があって、妾の言葉の答えを語る口があればそのようにするがよい。多少の軽口を挟もうが妾は寛大ゆえ聞き流そうぞ」


 コルベッリの問いかけに明後日の方向に返すリーザロッテ。


「……俺は話さんと言っている。都合よく解釈するんじゃない、くそアマ」


 鋭い目つきに睨みつけるコルベッリ。

 そんな様子をため息をつきながら眺めるリーザロッテ。

 持っていた扇子でこめかみを押さえる。


「分からんようだな家畜」


 その瞬間、コルベッリの錠を掛けられていた右手に激痛が走った。

 すぐに右手の様子を確認する。


「うっ、ぐぐっ」


 右手人差し指は完全に水分が抜け、干からびていた。


「貴様の意思も考えも必要ない。妾が答えろといった内容について話せ」


 リーザロッテは持っていた扇子でコルベッリを指しながら語る。


「その原本はどこで入手した? なぜ頁が分けられている?」


 対するコルベッリは状況を整理していた。


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