10
昼食を終え、定刻を迎えると実技試験が始まった。
入学試験は筆記試験と実技試験の両試験内容を基に合否が下される。
エインズがセイデルから聞いた話では、ここ近年、試験の比重は均等になってきたそうだ。これまでの試験では目に見える判断材料としての実技試験に重きが置かれていた。
しかし、魔道具をはじめとする非戦闘分野が台頭してきたこともあり、知識としての文、実技としての武、この文武はどちらも優劣なく重要と評価され始めたのだ。
「実技試験の内容として、指定魔法の詠唱及びその発現、各自得意な魔法の発表の二つに大まかに分けられます。また、補助的な項目で剣術もチェックされます」
すでに実技試験は始まっており、指定された初級魔法、中級魔法、そして発現出来ない者も少なからずいる上級魔法がエインズの目の前で繰り広げられていた。
「特別目に留まるものはないですね」
離れたところから見ているエインズはセイデルに言う。
「そんなものですよ。なにせ彼らはこれから学びを得るのですから。完成された者などいるほうが少ないのです」
セイデルはエインズの言葉に笑いながら返す。
それを聞いてエインズも確かにと納得した。しかしそれでも、このくらいのレベルならばライカへのアドバイスは高度すぎたのではないかと感じていた。
「次、ライカ=ブランディ。前に出なさい」
「はい」
試験官に呼ばれ、前に出るライカ。
ライカ以前の者の多くは初級魔法であれば略式詠唱での発現。中級魔法になると、術式詠唱。上級魔法までいくと、術式詠唱をしても発現出来る者は少なかった。
「まずは初級魔法から見させてもらう。火球と水球を発現させて下さい」
「分かりました」
ライカは落ち着いた様子で頷くと、「まずは火球から」と右手のひらを広げる。
「……」
拳一つ分よりもわずかに大きいくらいの火の玉が手のひらに浮かぶ。
それを見ていた試験官、キリシヤを含めた他の受験者がざわつく。
「おい、あいつ、無詠唱だぞ!」
「入学前に無詠唱で発現できたやつなんて聞いたことないぞ」
そんな外野の声に気が紛れることなく、ライカは次に水球の発現に取り掛かる。
「では次に水球を発現させます」
「……お願いします」
驚いているが、そこはさすが試験官。
周りのように声に出すこともなく、冷静に試験を続けていた。
「……」
またしてもライカは無詠唱。
ざわつきは消えない。
「次に中級魔法ですね。ライトニングと火槍を発現させて下さい」
氷槍、火槍、ライトニングは攻撃系統の中級魔法の中で汎用性の高い魔法とされている。
「では行きます。——略式詠唱、『火槍』」
ライカの身体に薄く纏う魔力が彼女の赤い髪を揺らめかせる。
「まさか!」
中級魔法を略式詠唱で試みるライカにさすがに試験官も声を出してしまう。
ライカは集中を途切れさせることなく、魔力を注ぐ。
ライカの頭上に1.5メートルほどの長さの真っ赤な槍が浮かび上がる。
刃先に炎を揺らめかせるその槍は、これまで術式詠唱してきた受験者のものよりも質の良いものだと試験官は感じた。
「エインズ殿! ライカ嬢はすでに中級魔法の略式詠唱まで可能なのですか!?」
「ええ。このところブランディ侯爵の邸宅にお邪魔してまして、自由に王都での生活をさせてもらっているので、その間家庭教師的な役割をしてました」
エインズは「まあ、何かしらの役割を担っていないと自尊心が崩壊してしまいそうでしたから」と結ぶ。
この試験場のざわめきこそが、カンザスがエインズとソフィアを滞在させることによって生まれた大きなメリットの一つ。
エインズの正体を知っているカンザスにとって、魔法分野においてエインズ以上の教師などいないことは容易に考えられた。そして、ライカがその教えを得られたというメリットがこの場のざわめきを起こしているのである。
その後もライトニング、氷槍とどれも略式詠唱で発現させていった。
中級魔法を済ませると場は逆に静まり返る。
学院卒業までに生徒が辿り着く一つの目安が中級魔法の略式詠唱なのだ。それを目の前で、入学もまだしていない少女が成してしまった。
「さ、最後に上級魔法を……」
試験官も驚きのあまり声が震えていた。
そして予想していた。彼女ならば上級魔法を発現させてしまう、もしかすると略式詠唱で発現させてしまうかもしれないとまでに。
しかし試験官のある意味期待が込められた予想は簡単に裏切られた。
「すみません、上級魔法は出来ません」
さっぱりと言い放つライカ。その表情に悔しさ等も浮かべず、至極当然と言わんばかりである。
「……。別に、術式を詠唱してもいいのですよ? 発現出来なくても構いませんし」
「いえ、わたしにはまだ早いから使うなと言われておりますので」
「そ、そう、ですか」
試験の状況によっては合否に不利に働くかもしれない事を誰が? と試験官は疑問に感じながらも本人が言うのであれば仕方ないとこれ以上食い下がることはしなかった。
「では最後に得意な魔法を自由に発現させて下さい」
ライカは最後に略式詠唱にて中級魔法の火槍を同時に三本発現させて終えた。
再度会場にどよめきが生まれ、それを聞きながらライカは元の場所へ戻っていく。
「ライカ、いつの間に中級魔法の略式詠唱なんてできるようになったの!?」
戻ってきたライカを迎えるキリシヤ。
興奮さめやらぬ様子で、キリシヤのその様子はライカからしても珍しいものだった。
「あそこの優れた従者のおかげよ。その分、魔法の基礎という基礎、考え方から叩き直されたけど……」
普段からエインズをからかうライカだが、やはりエインズの魔法の知識量や考え方は素晴らしいものだった。
純粋に格が違った。
この試験会場においてどよめきの中心は間違いなくライカだ。しかし、エインズとの2週間もの取り組みはライカにとって凡人と天才を明確に理解させるものだった。
「やはりエインズさんはすごいお方なのね! 私も教えてほしいな」
憧憬の念を抱きながら語ったキリシヤの中で、さらにエインズの評価が増していく。
その後呼ばれたキリシヤの腕も周りと比べると優れたものだったが、ライカの後だったこともありどうしてもその存在感は薄れてしまっていた。
魔法実技を終えた後に、木剣を使用した簡単な打ち合いを行う程度の剣術試験が行われた。
そうして朝早くから行われた入学試験は、陽が傾く頃に修了した。ここから総合的に判断されて後日合否の発表が行われることとなる。
会場に来ていた多くの者はこれで終わりなのだが、エインズの本番はこれからである。ダリアスの従者、タリッジとの剣術での打ち合いが行われる。