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09

 闘争心剥き出しの目で強くエインズを睨みつけながら語気を荒らげるタリッジ。

 厄介事をこちらに振るなよ、と迷惑そうにライカに目をやるエインズ。

 エインズならばタリッジを簡単に打ちのめすだろうと信じて疑わないライカ。

 タリッジの剣の腕を知るダリアスは、正気かこの女と唖然とした。

 一触即発な空気が流れ始めるこの場を現れた一人の青年によって平静に戻る。


「話は聞かせてもらったよ。だが、ライカちゃんもダリアスくんも従者を落ち着かせなさい。今は入学試験の最中だよ」


「……お兄様」


 呟くキリシヤ。

 キリシヤが兄と呼ぶ人物はこの国に一人しかいない。

 ハーラル第一王子。


 彼の存在を確認して、エインズとキリシヤ以外の者が背筋を伸ばし、深くお辞儀をする。タリッジもハーラルに許容される最低限の礼儀を払う。

 それに対してハーラルは手で制する。


「楽にしてくれて構わない。……キリシヤも、この場を止めないとだめじゃないか」


「申し訳ございません、お兄様」


 目を伏せて謝罪するキリシヤ。


「今は入学試験の最中だ。あまり騒ぎを起こすべきではない。……だがそれではダリアスくんの従者タリッジも気が収まらないだろう」


「殿下には申し訳ないですがそうですね」


 そう返答するタリッジの表情には申し訳なさを含んでいない。


「そうだね。ではこうしよう。この後の実技試験で入学試験が終了する。試験が終了したあとに手合わせといった形式で立ち会うのはどうだろうか」


 ハーラルはタリッジに視線を送る。


「俺はそれで構いません」


「……この前もそうだが、君は何かと問題を起こすねエインズくん。君はどうだろうか」


 そう若干硬い表情で話すハーラルにエインズは口を開く。


「いえ、僕は絶対に――、」


「エインズは絶対に受けるわよね? 受けるでしょ?  受けなさい! これは主の命令よ」


 ライカの目が強くエインズに訴えかける。


「面倒くさいことこの上ないんだけど、主のご命令とあれば」


 エインズはため息をつきながら、言わされたように感情のこもっていない棒読みで答えた。


「それでは決まりだ。これでこの件は一旦おしまいだ。ダリアスくんもライカ嬢も試験終了までお互いに干渉しないようにね」


 ハーラルはパンっと手を叩き、場を解散させる。

 ダリアスもタリッジも昼食の準備のため静かにその場を後にした。


「キリシヤもライカ嬢も昼食を取らないとだめだよ? 昼からは実技試験だから、体力をつけておかないと倒れちゃうよ?」


 ハーラルは「それじゃ僕はこの辺で。学院の中とはいえ、この国の王子が特定の生徒に干渉するのもあまりフェアじゃないからね」と手を振りながら去っていった。


「ごめんねキリシヤ。ちょっと熱くなってしまったわ」


「いいえ。私もその前に止められれば良かったんですから」


 ハーラルの言葉に二人は反省の色を見せる。


「キリシヤ様、お昼に致しましょう。ライカ嬢、エインズ殿もご一緒にどうですか? 皆様の分もご用意しておりますので」


「あら、それは助かるわね! 私の従者ったら、お昼の準備もしてないでしょうし。リステに軽食を預かっているけど少し味気ないのよね」


「だって僕、入学試験にお昼ご飯がいるって聞いてないし」


「優秀な従者は言われなくても自分で判断して行動に起こすするものなのよ、エインズ。今後に活かしなさいね」


 ライカ自身落ち着きを取り戻したようで、いつもの意地悪な笑みを浮かばせる余裕まで見える。

 対するエインズは面倒事に巻き込まれるわ、嫌味を言われるわ、で心穏やかではない。静かに「うぐぐぐ」と唸っていた。

 そんな二人をセイデルが笑いながら仲裁に入り、席に誘導した。


 空いているテーブル席にサンドウィッチと紅茶を広げ、四人で囲みながら穏やかに昼食を取る。

 コーヒーが良かったのにとぼやいたエインズに、セイデルは「ご用意ございます。コーヒーになされますか?」と挽きたての豆でコーヒーを淹れた。

 そんなセイデルを見て、これが出来る従者なのかと若干の感動をしながらエインズは口を開いた。


「そういえばさ、さっきの、ええっと、あの恐い人」


「タリッジのこと?」


 ライカが、ストレートティーにレモンを添えながらエインズに教える。


「そうそう、タリッジ。剣王がどうとか剣聖がどうとか言ってたけど、あれってなに?」


「剣士の技量を示す一種のランク付けよ。魔法文化のサンティア王国ではあまり聞かないけどね」


 セイデルは淹れたコーヒーをエインズの前に置き、キリシヤの横に座る。

 キリシヤに向かうようにライカが座り、エインズに向かうようにセイデルが座る形でテーブルを囲む。


「ガイリーン帝国が剣で有名でしたね」


「剣の腕前でランク付けするのはガイリーン帝国の慣習ですね。魔法のサンティア、剣のガイリーンとはよく言ったものです」


 キリシヤの言葉にセイデルが続けた。

 ガイリーン帝国では、サンティア王国ほどに魔法文化が発展しているわけではない。隣国のサンティアに魔法で劣ると判断したガイリーン帝国は他方で力をつけようと考えた。


 その結果が近接戦闘に特化した剣術だ。

 下級剣士、上級剣士、剣王、剣聖、剣帝、剣神といったランク付けがなされている。

 上級剣士の技量までであれば努力すればその域に入れる。しかし剣王から上は努力だけではその域に達しない。


 才能が大きく影響してくる。基礎的な技術の上に才能が積み上がり、その上に自らの才能を生かした技術を積み上げることでその域に達する。


「生意気な口を叩くほどには剣の扱いが上手なのよ。特に剣術に長けていないこの国ではある程度の技量があれば重宝されるわよね」


 ガイリーン帝国から剣一本で仕事を求めてサンティア王国に来る者もいれば、その逆も然りだ。サンティア王国から魔法知識をもってガイリーン帝国へ旅立つ者もいる。


「でもライカ、よかったの? 剣聖には及ばずとも、あの方、剣王のランクでは相当強いみたいだけど」


 キリシヤが心配そうに声をかける。


「そこは問題ないわよ。一度お父様と帝国に行った際に剣聖どうしの打ち合いを目にしたことがあるんだけど、エインズとソフィアさんの打ち合いの方が凄かったもの」


 レモンティーを味わうように飲んだライカはカップをソーサーに置く。


「ほう、エインズ殿は剣の腕も立つのですか。ソフィア殿というのは話に聞いた銀雪騎士団の女性騎士の方でしたかな」


「はい。僕の世話係、と自分で名乗っていました。怖いのであまり世話になっていませんが……」


 向かいでキリシヤの空いたカップに紅茶を注ぐセイデルを見ながらエインズが答える。


「銀雪騎士団の騎士は素晴らしい剣の腕前だと聞きます。それを直接見たライカ嬢がそう判断なされるのであれば本当に心配がないのでしょう」


「そうでしたら、エインズ様には申し訳ありませんが、この後のタリッジさんとの手合わせを楽しみにしていますね」


 ライカやセイデルの言葉を聞いて安心したのだろう、キリシヤが笑みを浮かばせてエインズに声をかける。


「まあ、やることはやりますけど、僕の本分は魔法と魔術なんですけどね。言ってはなんだけど、チャンバラで心は踊らないし」


 この後のことを考えて少し憂鬱になっているエインズを含め四人はそれから他愛もない雑談に花を咲かせ、残りの昼食時間を過ごした。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] エインズは全然言葉を発していないしなんの問題も起こしてないのに、第一王子のセリフにモヤっとした。
[気になる点] いかに魔神の意思を尊重するとはいえ、自治都市の崇拝する魔神を侯爵家の長女の従者にするのは侯爵家と自治都市の関係を悪化させる原因にしかならないよねえ。
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