06
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抜けるような青さで澄み切った空の下、カンザスとソフィアはそれぞれライカとエインズの見送りに邸宅の門前まで来ていた。
「それじゃ行ってくるわね、お父様」
「ああ。焦ったらだめだぞ? 平常心を保ちなさい」
カンザスが優しい表情でライカの頭を撫でる。
「エインズ様、どうしても私はついていけないのでしょうか?」
「諦めなよソフィア。規則なんだってさ」
「何か方法があるはずです!」
それでも諦めないソフィアを見て溜息をつくエインズ。
しかし次の瞬間、名案が閃く。
「そうだ! これはいい方法かもしれないよソフィア!」
「なんでしょうかエインズ様!? この愚かな私にお教え下さい!」
迷える子羊が教祖に救いを求めるかのように懇願するソフィア。
「来年、ソフィアも受験して入学したらいいんだよ!」
「えっ!? いや、それは……」
「そうすれば一年遅れにはなるけど、僕とライカについて行けるし魔法も学べる。加えて将来が有望な男性と出会えるんだよ! 結婚相手も見つけられる!」
エインズはひとり「これは名案すぎた、僕ってひょっとして天才か?」とこぼしながら自分の閃きに惚れ惚れしていた。
「け、けけ、結婚相手は別に今探してませんので! 困ってませんので! やっぱり私は止めておきます! ここでエインズ様のお帰りをお待ちしております」
真っ赤な顔でエインズに詰め寄り言葉を返すソフィア。
その後も「違います違います」と呟きながら首を横に激しく振るソフィア。後ろに括った髪がつられるように振り回され、エインズの両頬にビンタを食らわす。
「……エインズ、もういいかしら?」
二人のやりとりを呆れながら見ていたライカ。
「うん、もういいよ。ソフィアも僕たちについていくのも諦めたようだし」
エインズが「だよね?」と念押しすると、ソフィアは「お気をつけていってらっしゃいませ」と赤みが抜けない顔で返した。
「それじゃカンザスさん、行ってきます。ソフィアも留守番よろしくね」
エインズとライカは手を振りながら出発した。
居住区から魔術学院までの距離は馬車に乗るほどのものではない。そのためエインズたちは徒歩で向かうこととした。
居住区は貴族の邸宅が並ぶことから、エインズやライカ以外にも魔術学院の入学試験に臨む子息令嬢らが同じように徒歩で向かっていた。
友人と談笑しながら向かう者や、自分の世界に入り集中している者、緊張で身体ががちがちに固まっている者など様々いた。
「ライカはまったく緊張してなさそうだね」
エインズが回りの受験者を見ながら口を開く。
「緊張していないと言えば嘘になるけど、自信の方が大きいもの」
背筋を伸ばし、堂々と歩くライカの姿は自信に満ち溢れていた。
「それともなに? 緊張で震えながら『エインズ、落ち着くまで手を握ってて』って上目遣いで言ってほしかった?」
「あー……、想像できないかも。仮に言われたら怖すぎて裏の裏の裏まで無駄に深読みしてしまうからやめてほしいね」
ライカは自分でもそんな姿は似合わないと分かっているのであろう、「そうでしょ?」と笑いながら言った。
そこからも普段と変わらない取り留めのない話に花を咲かせながら歩んでいくと、受験者と思われる少年少女の数も増えてきた。
彼らが向かっていく先は広大な敷地面積を有する魔術学院。
成人前の3年間を過ごすことになっているため、学院に通う生徒数は一学年100人ほど、総数にして400人を若干上回る規模を誇っている。
座学を行うための校舎はいくつかある。しかし、実際に魔法を使用しないことには魔法の腕前は上達しない。広大な敷地の大半は修練場として利用されている。
校門に受験者に向けた案内看板が建てられており、それに従い受験番号によって分けられたブロックの修練場に向かう。
「けっこうな人数が集まっているんだね」
「そりゃね。貴族だけでなく、一般家庭であっても受験可能だからね。それに魔術学院を卒業できれば将来安泰だし、こぞって受験するわね」
魔術学院を卒業するイコール魔法士になる、というわけではない。
魔法の知識を身に着けることによって、魔法知識や能力が必要な生産職の技術者として重宝される。生活に必要な明かりとして使用される魔力灯などの、知識が必要な魔道具の製作や設計を担っている。そのため魔術学院を卒業した大半の者が高給取りとなっている。
「ライカ、おはよう」
透き通った声のした方を向くとそこには近寄りがたい雰囲気を醸し出している美少女が立っていた。
「おはようキリシヤ。キリシヤもここが会場?」
ライカが穏やかに挨拶を交わす。
玉座の広間で一度目にしているエインズであったが、その時のキリシヤはドレスを身に着けていたこともあり、今こうしてライカの口から名前を聞いてやっと思い出せた。
「そうなの。ライカも一緒で良かった。ちょっと心細かったの」
少し目を伏せる仕草だけで可憐な美しさがそこにはあった。
思わず目を奪われるエインズ。
そのエインズが視界に映り、むっとしたライカがエインズの右足を踏みつける。
「ライカ嬢、お久しぶりでございます」
次に声をかけてきたのはキリシヤの後ろに控えていた燕尾服を着た男性。見た目から二十代前半ほどの歳であろうことが窺える。
「久しぶりねセイデル。ここにいるってことは、あなたがキリシヤの従者なのかしら」
声をかけられたライカはすぐにエインズから足をどける。
「はい。僭越ながら」
お辞儀するセイデルに「相変わらず堅苦しいわね」とライカは苦笑した。
「あら、そちらの方はこの前広間でお会いしましたね。たしか、エインズさん」
キリシヤの目がエインズを捉える。
「その節はどうもすみませんでした。大変ご無礼を働きました」
エインズは頭を掻きながら苦笑いする。
「そうね。わたしもお父様も肝を冷やすほどの大立ち回りだったものね」
「でもすごかったですよ? おとうさ、――父もいて、宰相やお兄様、近衛騎士がいる中でダルテ近衛騎士長に食ってかかったのですから。あんなダルテの顔これまで見たことありません」
キリシヤは口元を手で隠しながら声を出して笑う。
「ほう。あのお話の当事者ですか。顔に似合わず強心臓をお持ちなのですね。私も直接その場でダルテ騎士長のお顔を見たかったものです」
セイデルがどのようにあの時のことを耳に挟んだのか不明だが、ダルテに食い下がった人物が目の前のエインズであることを知り、驚きの表情を見せる。
「セイデルは知らないかもしれないですけど、エインズさんはすごいのですよ? リーザロッテ様が魔術師と認めた程のお方なのですから」