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王都キルクは人口が多いが故に、煩雑な街作りにはなっていない。
キルクの北に王城がそびえ立ち、東は文官貴族と魔法士や騎士を含めた武官貴族の邸宅が並ぶ居住区。西には商業区。
商業区で複雑に物の売買が行われるのではなく、言わば卸売りが行われる街区である。それが故にいくつもの共同住宅が建っており、多くの商人がここで暮らしている。有力な者になれば、商業区内で邸宅を構える者もいるがその数はごくわずかだ。
商業区で取引された商品は、エインズたちがキルクに入った際に人でごった返していたキルクの中央で小売業者によって販売される。
人で賑わいを見せていたのはこのためである。南方から中央までのこの広い街区は一般街区と呼ばれており、貴族も商人も集まるこの街区の雰囲気を見ればサンティア王国の情勢がある程度分かってくる。
この街の作りは一般市民にも良い影響をもたらす。一般街区で国の情勢が分かるとなれば、サンティア王国の繁栄を誇示したい王族貴族は一般街区の大多数を占める一般市民に向けられた良い政策をしなければならない。
長い年月繁栄してきたサンティア王国のその根幹は王族でも貴族でも商人でもなく、王都キルクの街そのものにある。
キルクの北東部、王城と居住区の間に魔術学院がある。
とはいえ、権力者の子息令嬢しか通うことが出来ないのかと言われるとそういうわけでもない。平等性を謳うことは国の繁栄にも繋がる。もちろん貴族以上とそれ以下で管理上区別されるが、商人でも一般市民であっても門を叩く資格はある。
「踏み込みが甘いです。剣を振るうにあたって、腕だけでなく全身の動きに意識を向けて下さい」
ブランディ侯爵家の一人娘、ライカ=ブランディは今まさに入学試験に向けて最終調整をしているところだ。
ライカの父、カンザス=ブランディも人並み以上の剣術と魔法を扱える。しかしそれは、本人曰く秀才の領域での腕前とのことだそうだ。
剣術を専門としている騎士のソフィアの方がその造詣は深い。魔法においては魔術師エインズの足元にも及ばない。
エインズとソフィアがブランディ別邸に滞在することになり、ブランディ家はライカの剣術と魔法の優れた講師という大きなメリットを得たのだ。
「詠唱というのは魔法を発現させる手段の一つでしかないんだよ。手段は目的にはならない。詠唱を覚えるという愚行に慣れてしまえば実力も魔法使い程度で収まってしまうよ?」
魔法の一般的な勉強方法は、『原典』の副本の読解と魔法を撃つだけの反復練習である。しかし、エインズのアドバイスはこれとは異なっていた。
エインズの教えは、魔法の腕を一朝一夕で上達させるものではない。しかし、魔法と詠唱という手段の関係性を正確に把握することは今後のライカの魔法士としての人生を大きく左右するものとなる。
朝にソフィアと共に剣術に励み、昼食を挟んでエインズに魔法を見てもらう。夕食を早めに取り、夜はしっかり休息を取る。
疲れを翌日に残さないことと、成人前の12歳であるライカの成長を効果的に促すためである。
その他の教養関係については侯爵家ということもあり、幼い頃から厳しくカンザスやリステから教え込まれてきているため問題はない。
そんな、全てが魔術学院への入学試験に向けた日々を送ること二週間。
翌日に試験を控えたブランディ家の夕食の場。
「エインズ殿、ソフィア殿。娘は合格しそうでしょうか?」
侯爵といえども人の親。
それも一人娘のこととなれば心配も尚更である。
「試験に魔法の使用もあるとのことですけど、正直僕はその辺分かりません。魔術学院の魔法のレベルがどんなものかも知りませんし」
パンくずをテーブルクロスに落とさないよう神経質に食べるエインズ。
よほどライカのパンくずのいじりが効いていたのだろう。
「剣術に関しては騎士にはまだまだ及ばないですが、剣術試験がネックとなり不合格となることはないでしょう」
ソフィアも魔術学院における剣術のレベルは知らない。
それでも二人のライカに対する評価は悪くはない。
「ライカ、自分ではどうなんだ? その、なんというか……」
はっきりしない口調で尋ねるカンザス。
「お父様、大丈夫よ。絶対に合格するから」
「そ、そうだね。信じているよ」
入学試験を目の前にした親子の会話にエインズが割って入る。
「あの、それで僕は魔術学院に行けるんですか? どうやら入学試験を通過しないといけないようですが?」
「それなんだがエインズ殿、すまない。試験を受けるにあたって申込が必要なんだが、エインズ殿がキルクに来られる前に期日を迎えてしまっていて」
「えっ!? それじゃ、入れないんですか?」
これでは当初の目的を達成できず、ただ王都の観光を楽しんでいただけになってしまう。
「学院の生徒としては不可能なんだが、ライカの従者としてなら可能なんだよ」
カンザスの話を聞くに、一定爵位以上の子息令嬢には従者を連れての学院生活が認められているそうだ。
高貴な家柄ゆえにトラブルに巻き込まれることが多いからである。これが魔術学院における一般市民と貴族との区別の一つである。
「従者は一人しか付けられないんだが、その枠でなら魔術学院に入ることができますので」
「行けるなら別になんでもいいですよ」
学院に入れるのであればその形式にこだわらないエインズ。
「従者なんだからエインズ、わたしの身の回りの世話をしなさいよ?」
にやにやしながら話しかけてくるライカ。
「任せなさい! 魔法の知識のためなら喜んで靴の汚れを舐め落としてみせよう!」
「……いや、さすがにそこまでの要求はしないわよ」
エインズの斜め上の回答に却って怯んでしまうライカ。
そんなエインズとライカの横から、
「エインズ様。私はどのようにお供したらよろしいでしょうか?」
「ええっと、カンザスさん。従者の従者っていうのは……?」
「うん、無理だね」
考える間もなく否定するカンザス。
「どうしましょう……。困りました」
この問題をどのように解決しようか考え込むソフィアを見て、エインズとライカは顔を見合わせる。
「どうしましょうってそれは、」
「どうするもなにも、」
「「留守番しかないでしょ」」
二人は口を揃えてソフィアに返す。
「そんな、私をおいて! エインズ様!」
必死に訴えるが、カンザス、ライカ、そしてエインズの三人が静かに首を振り、ソフィアはがっくりと肩を落とすのであった。




