28 第2章 終
広間の横にある控室に集まる四人は、ヴァーツラフ国王、青年、キリシヤ王女、文官である。
「よろしいのですか、父上」
ヴァーツラフ国王に語りかけるのは、先ほどの場で一言も発言をしなかった青年。
「なにがじゃ、ハーラル」
青年、ハーラル第一王子は続けた。
「アインズ領のことでございます。後見の折衝を許すなどと」
「よいのじゃ。折衝を許したからといって、成功するとは限らんであろう」
その言葉に文官も静かに頷く。
「何を言うのですか。ブランディ領とアインズ領は隣接しています。好待遇を保証した交渉を進めればブランディ卿の考える結果に至る可能性は十分にあります!」
ブランディ領とアインズ領が協力関係になるとどう変わるのか、ハーラルは続ける。
「アインズ領の魔法による軍事力並びに生活文化は脅威そのものです。これまで他領地に対して基本的に閉鎖的でありましたから国内が乱れることはありませんでしたが」
ブランディ家はサンティア王国における古参の貴族である。その歴史的にも文化的にも統制が十分に取れた領地や市民、これにアインズ領の技術が組み合わされれば、カンザスの国内における発言力はヴァーツラフ国王にも届きうるものになる。
「エリオット宰相までなぜそんなに楽観的なのだ!」
ハーラルが視線を向けた先のふくよかな体格をした文官、エリオット宰相は口を開く。
「ハーラル王子、アインズ領はその成り立ちからして特殊なのです。だからこそ、これまで閉鎖的な外交をしてきたのです」
そこからエリオットは、王国の中枢にいる者しか知り得ない、アインズ領における信奉と自治都市と成り得たその歴史を語った。
「だからこそブランディ卿が折衝したとしてもアインズ領の閉鎖的姿勢は変わらない、と? このことを卿は知っているのか?」
「はい、そのはずですハーラル王子。なので私があの場で引っ掛かったといえば、その点のみ。ブランディ卿でもその背景を知っていますから、なぜ褒賞をもっと政治的効果のあるタイミングに使わなかったのか」
サンティア王国の宰相として君臨しているエリオットをしても理解できないカンザスの言動。だが、これによって王国としても領地や金銭を放出する必要もなくなったので助かったとエリオットは考えた。
「そんな楽観的な結末に帰結すればよいが……」
ハーラルは不安を拭えない。
カンザスの広間での立ち居振る舞いや魔術師にむける目。それらがハーラルに警鐘を鳴らす。
「聡くなったな、ハーラルよ」
待合室の扉が開かれ、真っ赤なドレスを身に纏った妖艶な女性、リーザロッテが入ってくる。
「リーザロッテ閣下、ノックぐらいは……」
「煩いぞ、エリオット。そのくらいヴァーツラフは許すはずだ。であろう?」
エリオットの注意を受け流しながら、手に持ったグラスを軽く揺らすリーザロッテ。
どこか諦観したミレイネがグラスにワインボトルを傾ける。
「リーザロッテ様、先ほどは挨拶もできず、申し訳ない」
ハーラルは軽く頭を下げる。
リーザロッテは「よいよい」と制してからワインを喉に流した。
「何をしに来たんじゃ、リーザロッテ。小言はもう少し後にしてくれ。まだ長時間ぐちぐち言われる覚悟がついとらん」
冗談交じりな口ぶりのヴァーツラフに対し、リーザロッテは、
「何を呑気なことを言っておる。事は劇的に動き出したのだぞ?」
「どういうことです、閣下」
「ふむ。……キリシヤはカンザスの娘と懇意にしておったな?」
リーザロッテはここまでの会話に参加していなかったキリシヤに声をかけた。
「ご機嫌麗しゅう、リーザロッテ様。はい、そうでございます。入学試験を通過できれば、今後ライカさんとは魔術学院の同級生になると思います」
「そうよな。であるならばキリシヤ、この場から離れよ」
「どうしてでしょうかリーザロッテ様?」
「この後の話をそなたが聞くことを妾が許さん。それだけのことよ。よいな?」
有無を言わせずワインを飲むリーザロッテ。
「……分かりました。わたくしはここで下がらせていただきます」
「ミレイネ、ボトルを置いて、そなたももう下がってよい」
「畏まりました」
どこか嬉しそうなミレイネとキリシヤが部屋から出ていき、静かになる。
「リーザロッテよ、なぜ娘を外させたのじゃ?」
「ふん、聞けば学院での生活に影響を与える。あやつには政治の世界に入ってほしくないのだろう? ヴァーツラフ」
「……うむ」
それとこれが何に繋がるのか。
ヴァーツラフは頷くだけに留めた。
「さて、結論から語ろう。貴様らはこれから激動の時代を治めることになる」
「どういうことじゃ」
「カンザスの童は本当に食えん奴よ。妾にエインズのことを語らせなんだ」
「エインズというのは、先の魔術師であったな。あやつがどうしたのじゃ」
そういえばリーザロッテとの会話の最中にカンザスが多少の強引さを見せながら、挨拶を投げてきた場面があったことをヴァーツラフは思い出した。
「やつはエインズ。自らをエインズ=シルベタスと名乗っている」
グラスを回し、揺らめくワインを見つめながらリーザロッテが語る。
「そなたらはこの名を知らんだろうが、別の読み方なら知っているだろう。魔神と称され、『銀雪の魔術師』にして『原典』の著者であるアインズ=シルバータ」
「ま、まさか!!」
声を上げたのはハーラルだった。
「妾も深く語りたくなかったから言わなかったが、アインズ=シルバータという読み方は誤りだ。正式にはエインズ=シルベタスと読む」
ここまで話し、ヴァーツラフは勢いよく立ち上がる。
「森に閉じ込めておった憎き我が師、魔神エインズが顕現したのだ」
リーザロッテの持つワインはひとりでに蒸発し、グラスはまるで生気を失った草木のように、朽ち果てるようにして崩れ去った。
「魔法・魔術の黎明期を迎え、激動の時代に突入するわ。覚悟することだ、やつは良くも悪くも魔神。触らぬ神に祟りなしとはよく言ったものだが、目覚めた神ほど厄介なものはなかろうて」
リーザロッテの言葉によってこの時、この場所で一つの時代が終わりを告げた。
 




