27
「限定解除『奇跡の右腕』」
エインズの右腕が顕現する。
青白く半透明な右手が袖から覗き、上から手袋が嵌められる。
右腕が現れると広間の雰囲気は一気に変わった。
ライカとソフィアは既に見ているためそれほど驚きはしない。しかし周りの人間、カンザスや玉座に並ぶ者、先ほどまで相対していたダルテは違う。
背筋を汗が流れ落ちるのを感じる。
カンザスも一度その目で見ているが、実際に臨戦態勢のエインズが顕現させた右腕は初めてである。
「……覚えている。あの時見たときと同じ感覚」
悠久の魔女の魔術を見たときと同じ感覚に陥るカンザス。
彼の視線がすっとリーザロッテに向く。その後の彼女の動向に注視される。
「さあ、見せてくれよ君の魔術。出来の良い魔法士程度で収まらないんでしょ?」
エインズは右腕の感覚を確かめながら、今もなお膨大な魔力を溢れ出させているリーザロッテに語りかける。
「……本当に忌々しい」
リーザロッテは苦虫を噛み潰したような顔をして呟くと、意識的に高めていた魔力を鎮める。
「あれ? 終わり? ……まだ、始まってもないのに?」
まるで気迫を失ったリーザロッテに拍子抜けしてしまうエインズ。
しかしそんなエインズを相手にすることなくリーザロッテは、横に座る老体に顔を向ける。
「分かったであろう、ヴァーツラフ。あやつは本物の魔術師だ」
「そうじゃな。あの得体の知れぬ右腕に、『限定解除』の言葉。確信が持てた」
「それにあの風貌に忌々しい顔、あやつは――、」
ヴァーツラフ国王とリーザロッテの会話の中にカンザスは飛び込む。
「ご挨拶が遅れました、リーザロッテ様。カンザス=ブランディにございます。此度はお顔を拝見出来まして嬉しくございます」
「……カンザス? ほう、貴様あの時の童か。久しいではないか、息災か?」
「はっ。おかげさまで」
「ふん、随分と腰が低くなったではないか」
「はい。閣下のお教えが効いてございます」
「……そうか。これからも魔法が当たらんよう頭は低くして生きるがよい。それか頑丈なヘルムで頭を守るかしなければな」
リーザロッテは目を細めてエインズを一瞥する。
エインズの方は彼女から肩透かしを食らい、手持無沙汰になっていた。
「既に肝に銘じてございます」
「……ならばよい」
片膝をつき、頭を下げるカンザス。
その姿を不満げな面持ちで眺めたあと、
「ではなヴァーツラフ。妾の用件も済んだであろう。帰らせてもらうぞ」
「……世話になったなリーザロッテ」
「ふん、大きな貸しよ」
そうしてリーザロッテは踵を返して、広間を去った。
「えぇ……。なんか完結しちゃったんだけど」
一人取り残されるエインズ。
「とりあえず魔術を解いていてはいかがでしょうか」
横のソフィアの言葉で、なんとも不完全燃焼といった表情で右腕を解くエインズ。
事が落ち着き、台風一過、広間に穏やかな空気が戻る。
「すまなかったな、ブランディ卿。そなたらの報告を信用するためにも、そこのエインズが魔術師であるか確認したかったのじゃ」
「左様でございましたか。であれば、リーザロッテ様は適任でしたな」
「うむ。だが、あとで余はあいつからチクチクと小言を言われるであろうよ……」
ヴァーツラフ国王は分かりやすくため息をつく。
「さて、陛下」
「うむ。続きじゃな。諸々は把握できた。カンザス=ブランディ侯爵には何か褒美をやらねばならぬ。何がよかろうか」
これまでサンティア王国は、まともに『次代の明星』を退けたことがなかった。鎮圧できたとしてもそれは次代の明星が率いた盗賊などの末端の人間ばかり。
カンザスへの褒賞を何にするべきかヴァーツラフ国王は考えた。
「恐れながら陛下、一つ賜りたいものがございます」
「ほう、なんじゃ? 土地であるならばそなたの功績は少し小さいが」
カンザスは首を横に振り、そこからエインズを一瞥した。
一時の高ぶりを見せながらも半ば途中で切り上げられてしまったリーザロッテとの対敵に、エインズはがっくりと肩を落としていてそれどころではない。
「はい。ですので、アインズ領自治都市につきまして、我がブランディ領との姉妹都市といった形で後見したく」
「ふむ。あそこに関しては余でも関与できぬ。第一、銀雪騎士団やそこの住民がそれを良しとするか分からんぞ。最悪、そなたの領との戦にまで発展するかもしれぬ」
ヴァーツラフ国王はエインズの横に控えるソフィアに目をやるが、彼女は目を伏せたまま何の反応も示さない。
「なので、陛下の許可を頂くことはできません。後見について、王国が直接関与してしまった場合、話がこじれてしまうとなると、アインズ領対王国といった最悪の状況になりかねません。これでは他国の侵入を招きかねません」
「であろうな」
「ですので私はアインズ領自治都市に対して後見したい旨で『折衝』をしたく。褒美として、陛下にその折衝のお許しを頂きたく存じます」
カンザスは毅然として続ける。
「これであれば、サンティア王国の直接的関与もございませんので、最悪の場合に陥ったとしても損を被るのは私だけにございます」
ヴァーツラフ国王は難しい顔をして、並ぶ文官に視線を飛ばす。
ふくよかな恰好の文官も顎に手をやり、しばらく考えたが、国王に頷き返した。
「あい分かった。よかろう。此度の褒賞としてカンザス=ブランディ侯爵に、アインズ領自治都市との折衝を許す」
「ありがたき幸せ」
ヴァーツラフ国王とカンザスのやりとりが終わり、場もお開きになりつつあった。
「えっと、それで僕は玉座に座れるの?」
エインズは気落ちした声色でヴァーツラフ国王に話しかける。
それにはヴァーツラフ国王も声を出して笑ってしまう。
「ふははは。そなたも変わり者よ。あれだけのことがあったにもかかわらずまだ言うのだからな」
「はい、好奇心は抑えられませんので」
穏やかな表情のヴァーツラフ国王に対し、エインズも穏やかに返す。
「そなたはコルベッリを捕縛した最大の貢献者であるしな。……よかろう。だがそれは日を改めてじゃ。色々と調整せねばならん。追って連絡をするゆえ暫し待て」
エインズは頭を下げて感謝の意を示す。
ヴァーツラフ国王から目配せを受けたダルテも、これは勅命であることを理解して、静かに頭を下げて受諾した。
「ブランディ卿、報告と此度の戦果、感謝する。ゆっくり休まれよ」
「はっ!」
再度頭を下げるカンザス。
これにて多少のごたつきを見せた内謁の場は終了した。
王城を後にする四人は馬車でブランディ家別邸に戻っていった。