24
「うーん、まあすごいんだろうけど、なんか思っていたのと違うね」
エインズの言葉にカンザスが反応する。
「もっと、分かりやすくギラギラピカピカしていると思ったかい?」
「まあ、金銀財宝って感じなのを」
「本物の富豪というのは表立ってそういう成金らしさを見せないものだよ。ほら、あそこに小さな花瓶あるだろ?」
カンザスの視線の先には廊下の端に置いてある背の低い棚の上に花が一挿しされた花瓶があった。
「あれだけで金貨数百枚になるよ」
「金貨一枚の価値は?」
「一般人のひと月の給金くらいですね」
後ろのソフィアに確認したエインズは、その上で驚いた。
「ええっ!? あんな僕でも作れそうな花瓶がそんなにするのか」
「ははは。私もあまり芸術には造詣が深くないけどね。そういうもんだよ」
見えないところにお金をかけているのか、と納得するエインズ。
すれ違う際にもう一度見て、「いやでも、あれは僕でも作れるけどな」と呟くのだった。
長い廊下は庭を臨むように、片側が一面ガラス張りになっている。
自然光を十分に取り込めるように設計されているのであろう、廊下はランプが無くとも明るい。
廊下の先では、大きな両開き扉があり、近衛兵だろうかここまで見かけた衛兵とは異なった装いをした騎士二人が両方から、4人が扉の前に来るタイミングで開扉した。
「エインズ殿、ここから先は内謁とはいえ陛下と会われます。私と娘の後ろで私どもと同じように振舞って下されば問題ございません」
カンザスが開かれた扉の先を見定めながら後ろのエインズに伝える。
「分かりました」
「私もフォロー致します、エインズ様」
エインズの後ろからソフィアも声をかける。
開かれたホールは天井をドーム状に高く造られていた。
ホールの両端を何人もの帯剣し鎧を纏った騎士が直立して待機している。
両脇を騎士に固められた先には数段上がって、まるで威圧するように仰々しい玉座がそこにあった。
これを見てエインズはここが玉座の広間だと理解する。
「これより国王陛下がお見えになる! 四名とも、面を伏せてお待ち致せ!」
玉座から下がったところに筋骨隆々な騎士が鋭い目つきをさせながら声を張る。
そこからエインズは前のカンザスに倣って、片膝をついて顔を伏せる。
前にカンザス、半歩下がるようにライカが膝をつき、後ろを並ぶようにエインズとソフィアが面を伏せる。
(なんか、騎士になったみたいだなあ)
これまで主君に仕えた試しもないエインズは、現在の姿勢に新鮮さを感じていた。横のソフィアやカンザスのそれは流石に堂に入っていた。
それから少し待ち、玉座のあたりに4人ほど広間に入ってきた気配を感じ取った。
「カンザス=ブランディ、面を上げよ」
しわがれ声が4人の下まで届く。
しかし、カンザスは顔を上げない。
「カンザス=ブランディ侯爵、面を上げよ」
「はっ!」
目つきの鋭い騎士が再度呼びかけると、それによってカンザスは顔を上げた。
「他三名も面を上げよ」
しわがれ声が届くが、エインズは横目でソフィアが微動だにしていない姿を確認し、倣う。
「面を上げよ」
騎士の声を聞いて、前方のライカや横のソフィアが顔を上げたのを確認してワンテンポ遅くエインズは玉座を視界に捉えた。
「久しいな、ブランディ卿。先の帝国との争いぶりかのう」
「左様でございます。なかなか厳しい戦でしたがなんとかこうして五体満足で帰ってこられました」
「そなた程の実力があれば容易かろうて」
「凡人の域は超えません。悲しいかな、秀才では天才に遠く及びません」
玉座に座る国王とカンザスは和やかに言葉を交わす。
(もっと厳粛なものかと思ったけど、意外だな)
エインズは姿勢をそのままに玉座を確認する。
白髪に、酸いも甘いも噛み分けた経験豊かな統治者の顔をした国王。幾重にも刻まれた皺は修羅場を潜り抜けてきた歴史を感じさせる。
国王に向かって左隣には成人した男性が立ち、未熟さが残り国王には遥かに劣るがその風格は統治者のそれである。
その横はふくよかな体格をしたいかにも文官といった中年男性が立っている。
玉座に向かって右隣にはライカと年齢が近い女性が背筋を伸ばし、手を身体の前で組んで直立している。
腰のあたりまでしなやかに金色の髪を伸ばし、淡い水色のドレスに包まれたその姿は、まるで人形のような可愛らしさがあった。
「大まかな報告は受けたぞ、ブランディ卿。『次代の明星』のコルベッリを捕縛したらしいではないか。秀才なそなたが連れているそこの者たちにコルベッリを凌駕する天才がおるのか?」
朗らかな声色とは裏腹に、カンザスからエインズに移る国王の視線は、まるでその者の本性を暴くかのような鋭さを帯びていた。
「ライカ嬢はわしも覚えておる。キリシヤとも友好を深めているそうだしな。その後ろの二人を見たことがないぞブレンディ卿」
国王の言葉で淡い水色のドレスを身にまとう女性の目じりを微かに下げる。
彼女の名がキリシヤだと理解するエインズ。
キリシヤの表情にライカも微かに口角を上げる。
「はっ! 彼らには私の騎士隊も娘も命を救われております。コルベッリを相手に一人も被害を受けておりませぬ。加えて、娘の報告ではコルベッリに何一つ反撃を許さず撃退したとか」
「それはまことか!」
カンザスの言葉に国王は肘掛を掴み、わずかに身を乗り出す。
両脇の青年もキリシヤも驚きを表す。
「はっ! 今回連れ参ったのは、彼らの紹介と合わせて、事の説明をと思いまして」
「なるほどのう。それがまことなら是非とも話を聞きたい」
そう語る国王の視線の先にあるエインズはというと、
(この広間、作為的な何かを感じるな)
すでに玉座に並ぶ四人から目を離し、広間を観察し始めていた。
感じ取っている。魔術・魔法的要素が絡んでいるこの広間を漂う一定の魔力を。




