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席についたエインズが見たこともない料理に苦戦していたのを確認したカンザスは「マナーなどお気になさらないでくれ」とほほ笑んだ。
「それは助かります。僕、田舎生まれの田舎育ちなもので。こんな豪勢な料理も初めてで、どう食べたらいいのか分からないんですよね」
エインズが苦笑いしながらカンザスに感謝する。
「あの右腕を出せばいいじゃない。そうすればもっと食べやすくなるわ」
「いやいや、一応魔術なんだよ? ナイフとフォークを持つためだけにって、大げさすぎるよ」
「でも、私は食べやすいと思うけどなー。まあ、食べるのに時間がかかって料理が冷めきってもいいとエインズが思うんなら別にいいかもだけどねー」
悪戯っぽい表情でライカは分かりやすくエインズを煽る。
「うぐぐぐ……。こんなご馳走を目の前に背に腹は代えられないか! 限定解除『奇跡の右腕』」
本日三度目の魔術行使。
こんなことで魔術を使うなんて、とエインズは少し情けなく思った。
ジャケットの肩に留めた手袋をはめてナイフを握る。両手を使うことで簡単に肉を切り分けて食べることが出来た。
それだけでエインズは感動のあまり、先ほどの情けなさが一瞬で吹っ飛んだ。
「……これが、世界、か」
感極まりながら言葉を漏らすエインズにライカは楽しそうに笑った。
「……なんだ今のは」
ライカとエインズの楽しそうな空間のすぐ横で、同じように腰を下ろして食事を始めようとしていたカンザスは目を見開いていた。
「ソフィア殿。エインズ殿のあの右腕は、まさか」
「はい。エインズ様の魔術でございます」
「本物の、魔術師か」
カンザスはここサンティア王国において魔術師を自称する者が真に魔術師を意味するものではないことを知っている。
なぜなら、彼も魔術を見たことがあるからだ。『魔法』の次元で考えられない、異次元の力の行使。『魔術』をその目で見て震えた過去を思い出した。
「……聞き覚えがある。忘れもしない」
『限定解除』。この言葉にカンザスは聞き覚えがあった。忘れもしない、あの身の毛がよだつ魔術を行使していた女性も魔術の発現前に「限定解除」と発声していた。
「……悠久の魔女」
銀雪のアインズの次に魔術に長けた存在と言われ、アインズが消息不明(恐らく死んでいると思われる)となっている現在、当代随一の魔術師。魔神の次席。それが悠久の魔女である。
「カンザス様は悠久の魔女にお会いしたことがあるのですか?」
「ああ。一度だけだがね」
そうですか、とソフィアはさして興味なさげに返した。
噂程度ではあるが、悠久の魔女は銀雪のアインズを嫌っているらしいことはカンザスも知っていた。銀雪騎士団のソフィアからすれば、崇拝している魔術師を嫌っている者など好むはずもない。
「エインズ殿、すまない」
カンザスは楽しく食事をしながらライカとの歓談を楽しんでいるエインズに断りを入れる。
「なんでしょう?」
「悠久の魔女、という人物に心当たりはあるかい?」
「いえ、まったく。魔女ということは、その人は女性ですか?」
「そうだね。ソフィア殿くらいの歳の見た目ではあるが、実年齢は分からない」
エインズは切り分けた肉を口に入れ、幸せそうな顔で咀嚼し飲み込むと、
「やっぱり知りませんね。僕が知る女性なんてソフィアとシリカとライカくらいなものですから。その魔女さんがどうかしたんですか?」
「いや、彼女も魔術を使っていたからね。ひょっとして、エインズ殿の知り合いなのではないかと思ってね」
「ほう、魔術をですか。それは興味がありますね。会うことは可能ですか?」
エインズはナイフとフォークを皿に置き、カンザスを見る。
「すまない。私でもそう簡単に紹介できるような人ではなくてね。会ってどうするんだい?」
「エインズは魔術の探求を目的に旅をしてるんだって」
ライカが答える。
「魔術を?」
「はい。それで、可能なら他の人の魔術を見たい。もしくは、お互いにその知識について語らいたく思いまして」
エインズは口の端についていたソースをナプキンでふき取って言う。
「なるほど。そういうことか」
「それでとりあえず王都のここ、キルクに向かって旅を始めたってわけよね」
「ええ。横のソフィアに聞きまして、キルクに魔術学院があるんだとか。是非とも僕もそこで学びたいなとこちらに向かいました」
そこからライカが会話の中心となって、どのようにしてエインズと知り合ったのか、コルベッリとの戦闘においてどのように助けられたのかをカンザスに話した。
ライカはまだ魔法に関して勉強中の身であるため、戦闘における描写については擬音が多く、あまり鮮明な説明とはならなかったが、合間合間でエインズが補足をすることでカンザスも理解することができた。
「それはそれは。なんとエインズ殿は若くして魔法魔術にそれだけ長けているとは! とりあえず『次代の明星』の一員であるコルベッリを捕らえて頂いたこと心から感謝申し上げる。早速明日に、登城して頂き謁見の場でご説明してもらいたい!」
「あまりそういった作法を知らないもので。無礼を働くかもしれませんが」
エインズは頭をかきながら苦笑いを浮かべる。
横に座るソフィアはエインズから目配せを受け、静かに頷くだけだ。エインズの行動に自分は付き従うだけだと言わんばかりである。
「それじゃリステ、食後に二人を客間に案内してくれ」
カンザスの言葉に後方に控えていたリステは軽く頭を下げた。
「お父様、まずは浴室に案内したほうがいいと思うわ。砂埃や汗で身体が汚れているもの」
「そうだな。では二人が湯に浸かっている間に客間のセッティングをしておこう。ゆっくりと疲れを癒してくれ」
エインズは「どうも、ありがとうございます」と答え、ソフィアは「感謝致します」と短く感謝の意を伝えた。
そこから四人は雑談に花を開かせた。
〇
エインズからしてみると豪勢な食事は、彼に十分舌鼓を打たせた。カンザスとライカにとっては今日の食事は普段口にするもので、特別何かというわけではないものであるが。
「えっ!? あれで普段の食事なの?」
「はい、そうライカ様が言っていました」
浴室でゆっくり汚れと疲れを洗い流したエインズとソフィアは客間まで先導するメイドの後ろを歩く。
来客用の浴室まであり、男女でしっかり分かれていたこともありそれぞれの浴室の広さはそれほどなかった。
しかし贅沢に慣れていないエインズは広すぎる浴室は逆に落ち着かないと思っていたため、狭い来客用の浴室の方が十分に気が安らいだ。
エントランスホールで見た大きな階段を登ると、廊下で奥に進んでいく。
ブランディ別邸は1階をダイニングや浴室など生活スペースとして使用されており、2階にカンザスの書斎や応接室、カンザスとライカの私室、そして客間がある。王都キルクにある別邸ということもあり、来客の宿泊が多いことを想定していないため客間の数は少ない。エインズとソフィアそれぞれに一部屋が与えられると、残る客間は一部屋だそうだ。
別邸という割にはそれでも広い、と思うエインズであった。
「ソフィア様はこちらでございます」
メイドによってドアが開かれた部屋がソフィアに差し出される。
「ではエインズ様。私はこちらで失礼致します」
「うんおやすみ、ソフィア」
ソフィアは「お休みなさい」と答え、部屋に消えていった。
残るエインズと先導するメイド。
廊下を歩きながら、メイドが気配りを見せる。
「エインズ様、お部屋にワインをお持ち致しましょうか?」
「たしかに喉が渇いているけど、お酒はまだ飲める歳ではないんだ。水は部屋にあるかな?」
「はい、常温のものが置いてございます」
「それでいいよ。気持ちだけもらっておくよ」
前で立ち止まり、ドアを開いて頭を下げるメイド。
「ではエインズ様、本日は主共々本当にありがとうございました。ごゆっくりとお休みくださいませ」
「こちらこそ、泊めてもらって助かったとカンザスさんに伝えてもらえるかな」
「承知致しました」
ドアが締められ、客間にエインズが一人になる。
部屋の広さは森で過ごしていた小屋くらいの大きさだろうか。しかし本棚で周囲を覆われていないため、すっきりと広く感じた。
エントランスやダイニングに比べると質素な感じもするが休息をとるだけの部屋である。それでも上品すぎる。掃除も行き届いておりベッドは皺一つない。
部屋のテーブルに置いてある水差しからグラスに水を注ぎ、ゆっくりと飲む。
エインズの渇いた体に、ゆっくりと水が染みわたる。
空になったグラスをテーブルに置き、エインズは一人では広すぎるベッドに横になる。
「今日は激動の一日だったな。驚き疲れたくらいだ」
真っ白な天井を見ながらぽつりと一人呟くエインズ。
驚きの半分以上が食べ物だったな、とくすりと笑う。
それでも、見たこともないほどに変わってしまったタス村の姿がエインズにとっては一番の衝撃だった。
ぼんやりと思い返しながら目を閉じると、そのまま睡魔に襲われ眠りについた。




