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「……おかえりなさいませ、お嬢様」
並ぶメイド達の先頭に立っていた一人が発する。
ライカの後ろから現れたエインズの出で立ちに驚いていたが、そこは職業柄仕える主君の前で言動に出してしまうような不手際はしなかった。
「ただいま、リステ。彼らは私と騎士たちの命の恩人よ、失礼のないように」
「畏まりました。どうぞ中へ。当主様をお呼びしますので、ダイニングでお待ちを」
「私と、二人の分も料理をお願い。動いたからけっこうお腹減っちゃった」
「畏まりました」
ブランディ家に仕えるメイドのリステは、残ったメイドにエインズとソフィアの世話の指示を投げ、当主を呼びにそこから離れた。
「すっごいな! ザ・貴族! って感じ。ライカ、お嬢様じゃん!」
開かれたエントランスは広々と無駄な空間ばかりで威厳を示さんばかりの装飾が施されていた。
床は一面絨毯で覆われており、エインズは心の中でこれまで過ごしてきた森小屋のベッドよりもよく眠れそうだと思い、悲しくなった。
上を見上げれば相当金がかかっていることが見て分かる精巧なガラス細工、支柱からコンソール、腕木まで金で装飾された大きなシャンデリアが吊るされていた。
シャンデリアから視線を落とし、真っすぐ先には上階に向かう大きな階段。もちろん蹴上から踏面まで絨毯で覆われていた。
「エインズ様、これがこの国の貴族様です。財力に物を言わせて、屋敷の絢爛豪華さで他者と張り合う悲しき性を持った一族でございます」
「なるほど!」
「……あなたたち、恩人じゃなかったら不敬罪で即刻牢屋行きだったわよ」
ライカはため息をつきながら、いまだあたりを忙しなく見回すエインズを置きダイニングに向かう。
遅れてメイドに誘導されながらエインズとソフィアもゆっくりとダイニングへ足を進めた。
中央に大きなテーブルを構えるダイニングに着いた一行はメイドに誘導されて、それぞれ席に着く。ソフィアは「私はエインズ様のお隣に着きますので」とメイドに断りを入れて、腰を下ろした。
一切汚れが付いていない純白のテーブルクロス。その上に次々に料理が運ばれ、エインズの目の前に置かれていく。
「た、食べていいの? ……というか、これ、どうやって食べるの?」
見るもの全てが初めましてであるエインズ。何となく見覚えがあるといえば、パンと肉。しかしそれらも、エインズの知る黒パンやただ焼いただけの肉とは異なっていた。
「エインズ様、ブランディ家ご当主様へのご挨拶がまだでございます。もう少々お待ちを」
ソフィアが小さく耳打ちをする。
ライカの性格から忘れそうになるが相手は侯爵家である。エインズもソフィアの言葉に手をテーブルの下に隠した。
間もなくしてリステと一緒に細身の男性がダイニングに勢いよく入ってきた。
「ライカ、無事か!」
男性は肩を上下に動かし、息を切らしながら話す。
「お父様、この通り私は何ともないわ」
ライカは椅子から腰を上げ、手を横に開いて怪我がないことを見せる。
「そうか、それは本当によかった……。早馬の報告で、盗賊の徒党に加え腕の立つ魔術師に襲われたと聞いた時には心臓が止まるかと思ったよ」
男性はライカに強くハグすると、顔や腕、脚を手で触り、大事がないことを確認する。
「カンザス様、お客様の前でございます。落ち着いて頂かないと、お二方が困惑していらっしゃいます」
動転している男性――カンザスに、静かに注意を促すリステ。
「お客様? 私は誰も呼んでいないよ?」
そこでカンザスは、席で溢れ出る涎を幾度と飲み込みながら目の前の料理をじっと眺めるエインズと、その横で静かに目を閉じて座っているソフィアに気が付いた。
「彼らは? ライカのお客さんかい?」
「はいそうですお父様。彼らは私の命の恩人です。貴重なハイポーションを何本も無償で頂きましたし、敵の魔術師を抑え込んだのも彼らになります」
「なんだって? ハイポーションを?」
驚いて二人を見るカンザス。
「エインズにソフィアさん。こっちに来て。紹介するわ」
ライカの呼びかけにソフィアだけが応じた。
ソフィアは目を開き、横で料理に目を輝かせているエインズの肩を優しく揺すり、立ち上がる。
すぐにエインズも状況を把握し、後ろから椅子を引いてくれたソフィアに合わせて立ち上がり、カンザスとライカのもとへ向かう。
床は絨毯であるため、義足の独特な軽い足音は響かない。
カンザスも伊達にサンティア王国の侯爵を務めていない。
義足の左脚に空の右腕という異様な姿に一瞬目を見開いたが、それよりもエインズの纏っている独特な存在感を感じ取った。
「こちら、髪も長くて女性のように見えるけど、男性のエインズ」
「どうも、エインズです。一応、魔術師をやっています」
国内にも魔術師を名乗る人間は少ないが存在する。しかしその誰もが尊大な態度をとるプライドばかりが肥大化してしまった間抜けである。
魔術師にはそんな印象しか持っていないカンザスはエインズの下手な態度に驚いた。
「そしてこちらの女性が、ソフィアさん。あの銀雪騎士団の騎士を務めているのよ」
「初めましてブランディ卿。銀雪騎士団所属のソフィアと申します」
ソフィアは恭しく頭を下げて挨拶をした。
「……銀雪騎士団、ですか」
「はい、エインズ様の従者をしております」
頭を下げたままソフィアは答える。
カンザスはソフィアの『従者』という言葉に引っ掛かりを覚えた。
銀雪騎士団といえば、魔神と称される魔術師『銀雪のアインズ』を尊び、仕える者である。そんな騎士が騎士団長相手にも使わない『従者』という言葉を用いたのだ。
邪推せずにはいられない。
「……ともあれお二方、娘を救って頂き本当に感謝する。本日はどうぞごゆるりとお身体を休めてほしい!」
カンザスはエインズとソフィア、両者と握手をした後、席へ促した。




