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「そういえば、エインズ様。あの少女を抱えていた少年はどうなされたのですか? 私共に合流なさる前に少年となにかなさっていたと思いますが。……少女は助かったのでしょうか?」
その言葉で、ライカの雰囲気もピリッと締まった。
重体の妹をその小さな体で抱え、必死に救いを求めていた少年に何の救いの手も差し出せなかったライカにはそれが気がかりだった。
「うん。妹さんはもう大丈夫だよ」
さらっと返すその言葉に嘘は含まれていないのだろう。ライカは密に安堵した。
「エインズ様が回復魔法をお教えなさったのですか?」
「いや、魔法は教えてないよ。リートは残念ながら保有魔力総量が極めて少なかったからね。あれは初級魔法も使えないほどだよ」
「その少年、ええっとリートでしたか。ではリートはどのようにして妹さまを?」
「魔法が使えないから、魔術を教えてあげた」
「「っ!?」」
その言葉にソフィアもライカも驚きを表した。
彼女ら二人がイメージする魔術とは、エインズのあの謎の右腕だ。
盗賊たちの心臓をまとめて握りつぶした、あの想像の範疇を超えた力。その力と同様の魔術をあの小さな少年に教えたというのだ。
二人が驚くのも無理はない。
「リートには魔法の才能はなかったけど、魔術の才能はあった。僕はその才能の開花の手助けをしただけ。そこからの魔術の構築はあの子の力だよ」
「……あの子の魔術っていうのは?」
ライカの声は若干震えていた。
「『強奪による慈愛』。他者の同意なしに魔力を奪い、対象者を治癒する魔術だよ。魔力を持たないリートならではの魔術だね」
エインズは目を閉じ、リートの時のことを思い起こす。
魔術の探求を目的とした旅の中で、リートとの出会いはエインズにとって素晴らしいものだった。
エインズの目の前で、自然の摂理の枠組みから外れて世界に干渉する術が構築される。エインズは何度かこの経験をしてきたが、いつ見ても飽きるものではない。
「それは、また恐ろしい魔術ですね。同意なしに魔力の強奪が可能だなんて」
ソフィアは思わず息を呑んだ。
「魔術というのは、『こうありたい』『こうしたい』という、その者の心の底からの渇望だからね」
「だとしたら、リートは魔法士キラーになるってこと? 魔力を奪って無尽蔵に攻撃魔法が使えるんだから」
ライカはリートの『強奪による慈愛』の魔術の恐ろしさを感じていた。
「それはどうも出来ないみたいだね。彼の制約がそれを許さないんだよ」
「制約?」
「そう。何の制限もなくそんな強力な魔術が使えると思う? 魔術は魔法のような自然界の摂理から脱しているけど、別の制限がかかっているんだよ」
「それが制約ってこと?」
「そう。魔術師の唯一の弱点。その制約を破ることは即ち、死を意味する。文字通り死ぬんだよね」
強力な魔術を使う魔術師の唯一の弱点が、何かしらの『制約』。
「リートは僕の弟子みたいなものだから特別に教えてあげるよ。まあ、教えたところでリートの場合は制約を突かれても直接的に死ぬこともないだろうけど」
馬車の振動がそろそろエインズの限界にきたのか、彼は腰をとんとんと叩きながら続けた。
「今後他者に危害を与えることを禁ずる、だってさ。それが制約。だから攻撃魔法を撃つなんてご法度だろうね」
「なるほどね。それだと確かに難しいわね。まあそれでも攻撃と違う分野においては化け物には変わりはないけど」
危害を与えない魔法であれば無尽蔵に使える。大量に魔力を消費する超級魔法だろうが発動できる。制約を受けているとはいえ、あんな小さな少年が脅威そのもの、化け物に変わってしまったとは信じられない気持ちもあるライカ。
目の前で朗らかに語るエインズもその領域の人間。なんだったら、その化け物を生み出した張本人なのだ。
そう認識すると、目の前に座っているだけでライカの背中につーっと一筋の冷や汗が流れる。
(まあそれでも『強奪による慈愛』で魔力を奪うことは許されているんだから、「危害」というのもどこまでのことを指しているのか。それによっては抜け道も十分に残されているんだろうな)
口には出さなかったが、エインズはリートの魔術にさらなる可能性を感じていた。
あとはリート自身がそこに気づけるか。そして、向上心と研鑚をもってその壁を突破できるかどうか。
次にリートを見るときが、制約に殺された亡骸なのか。それとも壁を破った、真に魔術師足り得た姿なのか。
小さな少年に期待を寄せるエインズは自然と口角が上がった。