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ライカたちブランディ家の騎士と盗賊及びコルベッリとの衝突は、終わってしまえば、ブランディ家の圧勝となった。というのも、エインズのポーションと、エインズの魔術によってコルベッリが討ち取られたことが大きい。
盗賊側は、騎士たちの手によって処分された者、エインズの魔術によって命を落とした者、合わせた全てが骸となった。
コルベッリについては、魔法結社『次代の明星』の一員ということもあり、今はエインズの魔法によって眠りにつかされており、その身体は騎士が監視する馬車の中にあった。
複数台で連なる馬車の先頭から二台目にライカとエインズ、ソフィアが着席していた。
「でも、本当によかったの? 僕たちは別に歩いてもよかったんだけど」
田舎道を走り、その馬車の揺れに少し気持ち悪さを覚えながらエインズがライカに尋ねる。
「いいわよ。行き先は王都で一緒なんだし。それに何から何まで助けてもらった恩人だわ。このままエインズを放置してたら騎士たちになんて言われるか分からないわ」
ライカだけではない。ブランディ家騎士たちもコルベッリを下したエインズに恩を感じている。それになにより、彼らが直接使用したエインズ製のポーションである。あれがなければ命を落としていた者や、身体の欠損により今後の職や生活に苦労する者もいただろう。
そんなポーションを無償で分けてもらった恩人を、彼らの主君であるライカが馬車に乗せなかったとしても、彼ら自身が手を差し伸べただろう。
そしてそのままライカへの不信感につながってしまう。
「(まあ、間違っても私もそんな恩を仇で返すようなことはしないけどね)」
ライカは騎士たちの思いも理解しながら苦笑いを浮かべた。
「それは正直助かるよ。本当は途中のどこか村に泊まろうかと考えてたんだけど、ごたごたが続いて時間を食ってしまって、野宿も覚悟してたからね」
エインズは空の右袖を左手で握りながら、
「ほら、僕ってこんな腕でしょ? だからあんまり料理って得意じゃないんだよね。……ソフィアも得意じゃなさそうだよね」
「エインズ様? どうして当然のように私が料理できないと思うのですか?」
「だって、喪女なんでしょ??」
「……なっ。だから、私はっ」
一瞬にしてソフィアの顔が真っ赤に茹で上がる。
涼しい眼差しで、リンとした雰囲気を持っていたソフィアのそんな意外な姿を見て、ライカは銀雪騎士団の騎士であっても人間なんだな、と思わず口角が上がってしまう。
「……さっきから、ライカ様も失礼な方ですね。私の料理の腕前を知らないでしょう」
「それじゃあ、得意なの?」
「それはっ。……まあ、生まれてこの方、剣に生きてきたものですから料理をしたことはありませんが……」
後半につれソフィアの声量が小さくなっていく。
「ちなみに私は人並みにはできるわよ?」
「っ!? ライカ様、なぜ私にマウントを取るような発言をするのですか。私だって少し習えば簡単にマスターできます。剣も包丁も同じ刃物です。刃物の扱いに関してはライカ様には負けません」
ふんっ、と胸を張るソフィアを横目にエインズが入る。
「いやー、マルチタスクをこなせなさそうなんだよね。あと、力加減もできなさそう」
「エインズ様の中での私の評価はどうなっているのですか……」
がっくりと肩を落として落ち込むソフィア。
ライカもそれには思わず声を出して笑った。
「それにしてもエインズ、あなたすごい魔術師なのね! まだあんまり魔法と魔術の違いが分かってないけど、それでもさっきの戦い方を見てて恐怖を覚えるほどだったわ!」
「そうかな? あれくらいの魔法なら優秀な魔法士ならできるものだけどね。まあ、それでも一応自信はあるかな」
褒められることに慣れていないのか、エインズは照れた様子を見せる。
「コルベッリが自分で言ってた拘束魔術というのは、結局エインズのいうところの『魔法』だったってことなのよね?」
「そうだね。あれは、魔法だね」
「魔術というのが、えっと、自然界の摂理から外れた術をもって世界に干渉するってことなんだよね? ということは、魔法っていうのが、」
「自然界の現象や法則を自らが持つ魔力の放出によって発現させることだね。僕がコルベッリに使った『禁則事項』も魔法だよ」
なるほど、なんとなくエインズが使い分けていた魔法と魔術について分かってきたライカ。
「でもエインズのその魔法、無敵じゃない! あんな、動きを完全に支配するなんて卑怯よ」
コルベッリの魔法は「損得感情の助長」によるもの。しかし、エインズの魔法は完全な動作の禁止を示していた。
「いや、あれもそんなに効率のいいものではないね。『禁則事項』の由来は宗教における教祖と、その教祖に畏怖と敬意を持って教えを信じて疑わない熱狂的信者の関係なんだよね」
エインズは流れゆく外の風景を窓越しに眺めながら続ける。
「だから魔法の対象者には、畏怖と敬意を覚えさせないといけない。初対面の人間にその二つを覚え込ませるなんてなかなか難しいでしょう? 僕の場合は、コルベッリの知らない魔法で彼の火槍と拘束魔法を打ち消したことが鍵となったけど」
万能な魔法なんてないからね、とエインズは結んだ。
「なるほどね。私も魔法の勉強途中だけど、全然知らなかった。もっと勉強しないとだね」
「えっ? ライカって剣士じゃなかったの?」
「違うわよ。一応指揮をする以上、帯剣してるけど魔法士志望よ。もうすぐ魔術学院の試験も控えてるし」
「あっ、だから魔術学院に関して融通が利くって言ってたのか」
「そう。一応、侯爵家の娘だからね。私が通うとなるとなんとかしてくれると思うわ」
「さっすが貴族様だね。そのコネと権力には田舎者の僕なんかではまったく頭が上がらないね!」
「……なんだかあくどい貴族みたいな言われで、もやっとするわね」
「いいや、褒めてるよ! 僕が手に入れられないものを持ってるんだからね!」
「なんか腑に落ちないわね」
にこやかに、それこそ本心から褒めているエインズと対照的にライカは眉根を寄せながら首を傾げる。
「おっと!」
ある程度大きさのある石に車輪が乗ったのか車体が大きく揺れ、エインズは横に座るソフィアにもたれかかる。
もたれかかってきたエインズの肩を手で押さえ、真っすぐに戻すソフィア。
「そういえば、エインズ様。あの少女を抱えていた少年はどうなされたのですか? 私共に合流なさる前に少年となにかなさっていたと思いますが。……少女は助かったのでしょうか?」




