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「魔術? 違うよ、これは優れた魔法だよ。こんな優れた魔法を使う魔術師なんだからその魔術にも期待を持たずしてどうするんだよ!」
そこにソフィアとエインズたちの認識の違いがあった。
ソフィアたちにとっては生死をかけた戦いであって、コルベッリにしてもソフィアにしても油断をした方が命を落とすといったやりとりである。
一方のエインズはというと、そんな緊張感はまるでない。戦いなんかではなく、自分の知らない魔術を見せてくれる、惹きつけられるだけの人間であってその人間のいる空間でしかない。
「おい、あんた。この俺の魔術を優れた魔法だと? 舐めたこと言ってくれるじゃないか!」
エインズとソフィアのやりとりを聞いていたコルベッリは憤慨する。
「え? これが魔術? やめてよ、その冗談おもしろくないよ?」
エインズはやれやれといった感じで愛想笑いを返す。
「あんたさては魔術師じゃないな? 上級魔法のさらに上を行く魔法、『魔術』を見たこともない口だな?」
あんまり魔術師を舐めるんじゃないぞ、とコルベッリは続けた。
「……上級魔法の上が、魔術? ……あぁ、なるほど。偽物か」
エインズは一人呟きをこぼし、理解した。
コルベッリから近寄ることを制限されているエインズは、逆にコルベッリに背を向ける形でソフィアとライカを見る。
「遠回りでもいいや。ソフィア、キルクに向かおう。ライカもごめんね。僕たちキルクに向かわせてもらうよ」
「エインズ様? どういうことです?」
ソフィアはエインズの意図が分からず、訊き直す。
ライカもソフィアと同様にエインズの真意をくみ取れていなかった。
「そうよエインズ。……助けてくれるんじゃなかったの?」
「違うよ。キルクまでの通り道を遮っている盗賊がいて、その中に魔術師がいるっていうから物のついでで助けるつもりだったんだよ。それが来てみればこれだよ……」
エインズは背を向けていたコルベッリを憐れみながら一瞥して続ける。
「魔術師って粋がった魔法士風情じゃないか……。それならリートとの時間のほうがまだ有意義だった。魔法士止まりの彼には興味ないし、あとはライカたちでうまくやってよ。ポーションの入ったその袋もあげるからさ」
エインズの言葉に、ソフィアもライカもそしてコルベッリすらも皆あっけらかんと彼を眺めていた。
止まっていた場の時間は、コルベッリの開口によって動き出す。
「……あんた上等だ! 今すぐにでもぶっ殺してやる‼ 『その場を動くことは損』」
苛立ちからボサボサの黒髪を搔きむしり、コルベッリは重ねて攻撃魔法の展開を開始する。
「やれやれ、その魔法の底はもう知れた。所詮は認識阻害程度の魔法だよ。それじゃもうだめだ」
エインズは続ける。「……術式解除」
ガラスが割れるような甲高い音と共にエインズは自由を得る。
「解除」
再度呟き、コルベッリの展開しつつあった攻撃魔法すら打ち消した。
「なんだよそれ。なんなんだよそれ!」
「これかい? これは君の知っている『魔法』の一つだよ」
エインズが目にした魔法において、その成り立ちや構造全てが把握できたものはもはや脅威ではない。構造を把握しているが故に介入できる。介入してしまえば術式を乱すことによって解除できる。
エインズがとっくに魔法化できている「解除魔法」の一つである。
「そして、君の得意な魔法の上位互換がこれかな? ――術式詠唱『救いを求める狂信者。祈りと願いは禁則守りし者にのみ届く』。重ねて、術式変換『魔法化――、禁則事項』」
コルベッリの魔法が解除され、エインズが立て続けに言葉を紡ぐ。
その場で新しい魔法を作り出す。そして、即座に作り出した魔法の魔法化を完成させる。
「『魔力操作を禁ずる』」
「へ?」
コルベッリは何もできなかった。
そして、エインズの魔法の展開によって魔力を操作することが敵わなくなる。つまり魔法が使えなくなった。
「君の魔法は結局、認識阻害を利用した「人間の損得感情の助長」だよね? 着眼点としてはかなり面白いけど、実用性でいけばまだまだ甘いね」
「な、なんなんだよ! 本当にお前なんなんだよ! なんで俺の、俺の魔術を!」
コルベッリは気が動転した。腰が抜け、その場にペタリと尻をついた。
「これは君の魔法のさらに発展させたものさ。損得感情では甘い。制限というなら『禁止』までさせないとね。例えば、『呼吸を禁ずる』」
コルベッリは呼吸ができなくなった。息の吸い方吐き方は勿論知っている。しかし、出来ないのだ。吸うという動作が出来ない。吐くという動作が出来ない。
「……っ、……っっ」
息を吐くことができないということは声を出すことが出来ないことでもある。生き残りの盗賊たちに助けを求めようともそれが出来ない。
また、他人の手によって息が出来なくなっている状況、それがそのまま恐怖に繋がる。
コルベッリがそろそろ息に苦しくなり、首を掻きむしり始めた。
「ま、これくらいしないと実用性は認められないかな? 『呼吸を許可する』」
エインズが指を鳴らすと、コルベッリの肺を新鮮な空気が循環する。
「はぁ、はぁ、はぁ。……おい、お前ら今すぐその銀髪を殺せ!」
膝に手をつきながら息を整えるコルベッリが生き残っている盗賊に指示を出す。
大勢いた盗賊たちもポーションで回復したライカの騎士たちに大半がやられているため、残り10人弱と数を減らしていた。
困惑する盗賊たち。
それもそうだ。これまで指示を仰いでいたコルベッリがこうも簡単に封じられてしまう相手。魔法に疎い彼らでもその異様さと強さが感覚的に分かった。
獲物を向けながらもいまだ飛び込まない盗賊たちにコルベッリはしびれを切らす。
「ったく! 報酬は10倍出す! それに、向かわないなら俺がお前らを後ろから撃つ。ほら、今すぐ行くんだよ!」
コルベッリは血走った目をしながら声を荒らげる。
「ライカ? 僕が彼らを殺してしまってもいいの?」
魔法技術の高さ、そして魔術師がなんなのかいまだ分からないが、少なくとも魔法士としての能力は抜群であるエインズの腕前を前にライカは呆けていた。
「……えっ? うん。相手は盗賊だし私の騎士に危害を与えている罪がある犯罪者だもの」
「そうか。なら気兼ねなく行かせてもらおうか」
エインズの雰囲気が変わる。
コルベッリも、盗賊も皆それを感じた。
「君、魔術が何か分からないんだよね? 一つ、教えてあげよう」
「限定解除『奇跡の右腕』」




