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魔法を切り裂くたびに対魔剣は青白く光る。
「対魔剣に、魔法に対するその身のこなし……。ひょっとしてあんた、『田舎者』か?」
コルベッリは手に持つ杖をいじりながら半笑いで話す。
田舎者。
これは言葉通りの意味合いを持つと同時に、王都から離れた地にあることから、怖いもの知らずが銀雪騎士団を揶揄するときの言葉でもある。
「貴様、銀雪騎士団を侮辱するか!」
「ふん、田舎者もそこらに転がる騎士も全て脳筋の馬鹿者どもよ」
「貴様が得意なその魔法も今こうして脳筋の私に斬り伏せられているがな」
「それもこれもあの憎き『悠久の魔女』のせいよ! やつが原典の副本を世にばら撒き、力もないクソザルに悪知恵だけを与えた! あんたが持つその対魔剣もその悪知恵の塊よ!」
コルベッリはつばを飛ばしながら叫び、火槍をさらに増やす。
「貴様、さては『次代の明星』の一員か?」
火槍の斉射を見て、ソフィアも動き出す。
「そうだ! 我々は『次代の明星』。銀雪のアインズの『原典』を完全継承し、我々の為すべきことを為すのみ!」
「ふん、どうりで偏った思想を持ったものです」
「黙れ、田舎のクソザルが! ――術式詠唱『錬金術師は騙る。砂を金に、白を黒に。しかして羊は得を得る』」
コルベッリが魔法の完全詠唱を行った。
ソフィアはその詠唱を一言一句しっかりと耳にした。
「(聞いたことがない魔法ですね。これがライカ様の言っていた厄介な魔法というわけですか)」
分からない魔法だろうが、効果が発生する前にコルベッリを処理してしまえば問題がない。
距離的なロスが発生してしまう足さばきではなく、火槍を対魔剣で迎撃しながら最短距離で懐に潜り込む策を取るソフィア。
「(エインズ様は別として、魔術師相手であれば剣の届く間合いに入ればこちらの勝ちは確定します)」
あと数歩。
ソフィア必殺の間合いまであと数歩のところでコルベッリが動く。
「『走るは損』。止まれクソザル」
魔法の詠唱ではない。なんの魔力も籠っていない言葉だった。
しかし、ソフィアの脚は突如走ることをやめる。
「っ!」
ソフィアに驚いている暇はない。目の前まで火槍が接近している。
脚が止められてしまえば、今更最短距離もなにも関係ない。問題は目の前の火槍の対処。強制的な動きの制御によって、剣を振っても火槍を全て対処できる間合いではなくなっていた。
ソフィアは横跳びすることで、ある程度の数を避ける。
「『起き上がるは損』」
そこでコルベッリの声。
飛び避けたソフィアはその場で起き上がることが出来ない。どれだけ腕に力を入れようが、全身の筋肉をフル稼働しようが、強力な何かに上から押さえつけられているかのように動けない。
「っぐあ!」
そうしているうちに火槍を被弾し、後方へ勢いよく転がる。
「略式詠唱『火槍×20』」
コルベッリはさらに火槍を出現させ、放つ。
ソフィアは何度か地面で転がると、受け身を取って、上体を起こす。右手から対魔剣が離れることはなかった。
「『剣を振るうは損』」
目前まで来た火槍に右腕が動かない。対魔剣が透明な何かの手で掴まれているようにその場から動くことはない。
被弾することは確実となったソフィアは、ダメージを最小限にするため、自ら後方へ飛ぶことによって被弾した威力の幾分かを受け流すことに成功する。しかしそれでも再度地面を勢いよく転がる。
「所詮は田舎のクソザルよ。魔術師の域まで辿り着いた俺の魔術を前にしてはあんたの悪知恵も意味をなさん!」
両手を広げて高らかに笑うコルベッリ。
口の端から垂れた血を手で拭いながらソフィアは立ち上がる。中級魔法の被弾に、十分な受け身を取れずに地面を何度と転がり、身体の複数個所で痛みを感じていた。
「……なるほど。拘束の魔術師ですか。厄介ですね」
ライカはソフィアから革袋を受け取り、味方の騎士たちのもとへ走っていた。
袋自体は小さく、その入り口も小さい。無理やり詰め込んでもポーションは三本入って限界だろう大きさだ。
「ポーションよ! ソフィアさんが抑えている間にこれで回復して!」
一人一人にポーションを渡していく。革袋の大きさからは考えられない程、次から次へポーションのビンが取り出せる。
「これもアイテムボックスなんだ……。こんな国宝級のアイテムを持っているなんて、エインズって何者なのよ」
指輪式のアイテムボックスを自分で作ったと言っていた。もしかすると、この革袋のアイテムボックスもエインズが作成したものかもしれない。
ということは国宝級のアイテムを生み出すことができる魔術師なのだ。
「なんだこれ! すごすぎる!」
「こんなポーション見たことないぞ!」
ライカがポーションを渡していった騎士たちからそんな声が上がる。
ライカも振り返り、確認する。
すると、ポーションを飲んで一瞬で全身の傷が消えていく光景が目に入る。出血によって軽い貧血を起こしていた者も青白い顔から血色が戻っていく。
骨まで到達していた深い傷も一瞬で肉が再生し、傷を癒す。
「……これ、ただのポーションなんかじゃない。ハイポーション?」
この治癒力はハイポーションに匹敵する。
ハイポーションは貴族でも一家に数本しか持っていない高価なものである。
それがこの革袋の中にはまだまだなくなる気配もなく入っている。
これだけの数を所持できるほど金銭力があるのか。いや、おそらくこのハイポーションもエインズが自ら作っているのだろう、ライカはそう推測した。
「こんなことを考えている場合じゃない! 早くみんなに渡さないと」
渡した者から次々に驚きの声が上がるが、ライカは一心に騎士や魔法士たちにハイポーションを配っていった。
「回復した者から盗賊の迎撃を! 今なら魔術師の厄介な魔法はないから簡単に処理できるわ! ここから私たちの反撃よ!」
ライカの活に回復した者が次々に勢いよく立ち上がる。
走りながらライカはソフィアを確認する。
ソフィア優勢で動いていた戦いも、コルベッリがあの不気味な魔法を使いだしてから一気に形勢逆転されていた。
魔法に長けた銀雪騎士団の騎士でも、今のところコルベッリの拘束の魔法には手も足も出ない状況だった。
「……エインズ、早く来なさいよ」




