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鎧や十分な装備をしている剣士が、革防具や雑な得物を手にした盗賊たちに苦戦している。特にひどいのが、魔法士である。攻撃魔法を放つことも出来ず、盗賊たちから逃げ惑っているのだ。
「ソフィアさん! あそこ! あのフードのついた黒いローブを纏っている人よ!」
「承知しました」
ソフィアは抜剣し、低い体勢で戦場を駆ける。
「なんだ、あの女?」
盗賊たちはソフィアに気づき、声を発する。
「けっこうな上玉みたいだが、あの冷たい目つき。可愛げがねーな」
「ちげーねぇ。まあ、楽しむだけなら間に合うだろう。……お前ら! 早いもん勝ちだからな!」
剣士を追っていた者、魔法士を追っていた者も何人かソフィアのもとへ向かう。
「下衆ですね」
複数で待ち構えるように魔術師とソフィアの間に盗賊が立ちふさがる。
持っていた斧や剣を振り上げ、ソフィアに襲い掛かる。
しかし、銀雪騎士団の騎士とそこらの盗賊とでは動きの違いにかなりの開きがある。洗練され、無駄な力を使わず、最小の力で最大限に伝える。剣を振るのに必要なのは行き過ぎた筋力ではなく、身体の捻転を使用した鋭い動き。
ソフィアの前を横に3人並ぶ盗賊だが、得物を振り上げている間に、静かな足さばきで懐に潜り込まれる。
「ちょっ! ……まっ」
瞬間移動のように感じられた盗賊たちは、その頃になって初めて焦りを感じた。
真ん中で、太い両腕で斧を振り上げていた男に一閃。剣が通り過ぎ、遅れて血が噴き出し両腕が分かれる。駆けたエネルギーを左脚で踏ん張り、止まることで体内に留める。右脚は身体の捩りで振り回す。遠心力も持った右脚は、腕の無くなった盗賊の開かれた胸部に叩き込まれる。
高速で駆けた動きを急停止させたことで蓄えられるエネルギーと遠心力を、敵の胸部に叩き込む一点で解放する。
男も、筋肉という鎧に革防具を身に着けていたが、ソフィアの蹴りはエネルギーを体内に直接送り込み、内部器官を壊す。
男の心臓が破裂し、目や鼻、口からも血を噴き出しながら男はその筋肉を生かすこともなく絶命した。
蹴りによって、邪魔な肉塊は後方へ吹き飛び、ソフィアは次に左右の盗賊を対処する。
今の一連の動きにビビってしまった盗賊は、剣を持っていても腰が引けてしまっており、その剣撃は軽い。
男への蹴りでエネルギーを解放してしまったソフィアの力でも簡単に二人の剣を弾くことができた。互いに剣が届く間合いにおいて、腰が引けてしまっている剣士は敵にも何の障害にもならない。
何千何万と繰り返され身体に染み付いた動きで、当然のように左右の男の首を切り落とす。
盗賊の一層が沈むと、後ろにもう三人いたが、これも特筆することなく退けた。
「鉄火場は久しく離れていましたが、問題ありませんでした」
何人も斬ったはずだが、その剣にはほとんど血糊が付いていない。そこにソフィアの技量が窺える。
ライカもその動きを始終見ていた。動き自体は速いが追えないほどではなかった。しかしそこからの無駄を極限にまで削った動きは美しさを感じるほどのものであった。
「……あの動き、絶対に騎士団の中でもトップクラスの実力の持ち主のはず」
なのに、なぜあの怪しいエインズを敬っているのか。さらにライカは不思議に思った。
「ライカ様、ここは私だけでなんとかなりそうなので、皆さんの治療はお任せ致します」
ソフィアはエインズから受け取ったポーションの入った革袋をライカへ投げ渡す。
「分かったわ。私もみんなの治療を早く終わらせてそっちに向かうわ!」
ライカは革袋を握りしめて、けが人のもとへ向かって駆けていった。
それを見届け、ソフィアは口を開く。
「案外、エインズ様が来られる前に片が付きそうな気がしますけど、問題はないでしょう。その程度の相手、エインズ様の観察対象ではないでしょうから」
何の妨害もせずに見届けていた黒ローブの魔術師に剣先を向け、
「別に魔法を使ってきても構わないのですよ? でないと、この盗賊らはすぐにお亡くなりになりますよ?」
と挑発した。
「いやー、素晴らしい腕前じゃないか。そこらの剣士と訳が違いそうだな、あんた。こりゃ、こいつらだけだとどうにもならないかもなあ。俺も参加するとしよう」
ローブの男は恭しくお辞儀をして名乗る。
「俺は拘束の魔術師、コルベッリ。なにぶん泥臭い剣術は見たくもないほど嫌いでね、あんたの動きも拘束させてもらうよ」
コルベッリは右手に持った杖をソフィアに向ける。
「まずは小手調べだな。うまく避けろよ!」
コルベッリの杖から火球が三つ発射され、ソフィアに向かって飛んでいく。
「この程度では小手も調べられないのでは?」
ソフィアはその三つを剣で斬り伏せる。
「ほう。下級とはいえ、魔法を剣で切り裂くか。その剣、ただの剣ではないな?」
「気づきましたか。そうです、これは『対魔剣』です。剣としての使用はもちろんですが、その本分は魔法への対処にあります。下級とは言わず、上級魔法でも斬り伏せることが出来ますが、あなたの魔法の腕がどれほどのものか逆に試してみましょう」
次はソフィアが動き出す。
「ふん、安い挑発だな。下級魔法を防いだだけで図に乗りやがって。略式詠唱『火槍×5』!」
コルベッリの周りに赤く燃える槍が五本、空中に浮かぶ。
「火槍程度、何ともありません」
ソフィアは向かってくる火槍をはじく。当たらないと判断したものは足さばきで避ける。なんてことはない。中級魔法も簡単に対処する。
続けてコルベッリは火槍を20本出現させ、四方八方からソフィアに斉射する。
焦りはない。足さばきで対処できるもの、剣で受け流して対処できるもの、完全に斬り伏せて対処すべきものを瞬時に判断し、その通りに動くだけだ。




