08
背丈や顔つきを見るところ、エインズと同じくらいの歳だろうか。
頭の上に乗った葉っぱをはたき落としながら茂みから抜ける。
「えっ! どうしてアーマーベアがこんなところに!?」
少女は目の前のアーマーベアの死体に気づき、驚きの声を出す。
「それは、僕がさっき倒した魔獣でね。おかげで、剣は使い物にならなくなってしまったけど」
肩をすくめながらエインズが答え、その後ろでソフィアは静かに頷く。
「へぇ。アーマーベアを切り裂くなんて、名のある名剣だったんでしょうね。ちょっともったいないかも」
そう言いながら少女は死体に近づく。断面を「おお!」「へー、こんな皮を」などと感想を言いながらまじまじと見つめる。
「いや、その辺の安物だよ。数年前に辺鄙な村で拾った剣を簡単に研いだだけの代物だよ。後ろのソフィアの持っている剣の方がよっぽど良いものかもね」
「そうですね。子供のお遊戯で使うような玩具ですね」
「し、辛辣だね……」
騎士だけに、剣に造詣が深いのか手厳しい評価を下すソフィア。
「ってことは、名のある剣士ってこと? ……君が?」
少女は次にエインズをまじまじと見つめる。
まず初めにその脚に視線が行き、腕、そして顔と頭に移っていく。
「まって! 怪しい者じゃないからね。なんかこの流れ、すっごい既視感があるんだけど!」
嫌味もかねて、後ろのソフィアへ目をやるエインズ。
「?」
ピンと来ていないのか、かわいらしく小首をかしげるソフィア。
(成人してるくせに何かわいらしい仕草してるんだよ!)
エインズは苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「だって君、剣士っぽくないし。っていうか、女の子なの? 声を聞く限り男の子っぽいけど……」
「男だよ。この長い髪は、随分と切っていないから伸びてるだけで。そして僕は剣士じゃないね」
「かわいらしい男の子ね。怪しさはまだ残っているけど、そのかわいさに免じて追及はやめておくわ」
少女は少し顔を伏せながら「それに今は急がなきゃいけないしね」と呟く。
エインズもソフィアの時のような厄介事には巻き込まれないで済むと安心して胸を撫でおろす。
となれば、状況が変わらないうちにここを立ち去るのみ、とエインズは判断する。
「よかった。それじゃソフィア行こうか。途中でさっきの魔力操作も教えてあげるよ」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます。あぁ、エインズ様に教えを乞えるなんて私は……、私は……」
ソフィアはまた自分の世界に入り、感傷に浸る。
「う、うん。まあ、だから早くキルクに向かおうか」
エインズはまだソフィアのこの変わり様になれず引き気味に話す。
「ちょっと? このアーマーベア、どうするのよ」
いまだ感傷に浸りぼーっとしているソフィアの後ろに回り、背中を押しながら歩きだすエインズ。
そこに少女が声をかけてきたので、エインズは仕方なく足を止める。
「そのまま捨てていくつもりだけど? なんか汚いし、時間が経てば土に還るでしょ」
「もったいないじゃない! 素材として売れるのよ? アーマーベアだったら防具の素材として一級品だから、けっこうな値になるのに」
「えっ、そうなの? ソフィア、知ってた? ……聞いてる?」
話が聞こえていないソフィアの頭を叩き、強引に現実世界に意識を戻させた。
「……はっ! 私はいったい? エインズ様? ……えっ、魔獣の素材ですか? そうですね、胸部の防具素材としてアーマーベアが高値で交換されるというのは耳に入れたことがありますね」
そうだったのか、危うく無駄にするところだったとエインズは少女に感謝する。
「そういうことだったら持っていかないとね。援助もらえるらしいけど、育った村におんぶに抱っこし続けるのも良くないしね。ありがとう、教えてくれて」
エインズは左手を事切れたアーマーベアに向けると、中指に嵌めていた指輪が小さく光り、死体をのみ込んだ。
その場にはアーマーベアの血だけが残り、分かれた腕も全て消えていた。
「えっ? 死体はどこに行ったの!?」
少女は首を横に振って、あたりを探しながら驚きを表す。
「アイテムボックスに収納したんだよ。こんな大荷物、背負えないしね」
「あ、アイテムボックス!? 君、アイテムボックスなんて持ってるの!?」
「うん。ほら、この指環がその魔道具だよ」
エインズが左手を開きながら少女に指環を見せる。
「君、ますます怪しい……。相当なお金持ちみたいね。それに後ろの、ソフィアさん? 彼女もなんか普通の人じゃないようだし」
「いやいやお金もなにも。一文無しだよ。これは自分で作ったから持ってて」
「自分で作った!? ひょっとして、とってもすごい魔術師ってこと?」
「いやー、有名じゃないだろうけど、そうだね、魔術師をやってるよ」
「うそっ!! こんなところで魔術師を見つけられるなんて! これは奇跡ね!!」
突如、少女が目を輝かせる。
(うっ、これは……)
エインズは流れがまずい方向に変わりつつあることを察した。
「それじゃ、僕たちは先を急いでいるから」
「待って! さっき、王都キルクに向かうって言ってたわよね?」
「そうだけど?」
「それ、今は難しいかも」
「どういうこと?」
「この先で徒党を組んだ盗賊とぶつかってて。それで今、戦場になってるの」
そう話す少女に、ソフィアが口を挟む。
「それでしたら、騎士が対応しているのではないのですか? 盗賊程度であれば容易く鎮圧できましょう」
「それが、向こうに厄介な相手がいて。かなり苦戦しているの……。それで私が助けを求めに探し回ってたってところ」
そう話す少女の姿を改めてエインズは観察する。
赤い髪を背中の肩甲骨のあたりまで伸ばし、くせ毛なのか髪先は軽くウェーブがかっていた。胸部と脚には金属製と思われる鎧を身に着けているが、傷が多くあり、凹みも観察できた。
「なるほど。それじゃ、キルクに向かいたくても向かえないってわけね」
これは困った。とエインズは頭を悩ました。
アインズ領自治都市を出てしまってけっこう歩いてきたので、今から戻ってもかなり時間がかかってしまう。食材も野宿の準備もなく、途中の村にでも泊まろうと考えていたため、このまま夜を過ごすのも難しそうだ。
「どうしましょうか、エインズ様」
「そうだねぇ……。その盗賊の中の厄介な相手っていうのは?」
エインズが尋ねると、真剣な目でエインズを見ながら少女は答えた。
「魔術師」