23 第5部2章 完
リディアの反応をゾインは予想できていた。
「そしてその禁忌は、当初は正しく機能していた。なにせ、誰もが人の価値を正しく理解していたからだ。コミュニティの人間を殺すことは自身が属するコミュニティの力を弱めてしまうことにつながる。そしてそれは自身の首を締めることを意味することを理解していたからだ。そんな歴史の中で、殺害を禁忌としたことによって人の数は莫大に増えていった。それこそ爆発的に、だ。それもそうだ、爆発的な人口の増加はそのまま労働力や武力、そして文化の発展に寄与し、人間を食物連鎖の頂点へと至らせたのだから。その相乗効果により人口増加の速度は目覚ましいものとなった。となればもう何も恐れるものはない、あとは病や自然災害などの不運のみが残る」
しかしそんな不運すら文化の発展のなかで、いくつか解消されていった。
魔法という文化によって。
「しかし問題はここからだ。数に限りのあった人間。その増加とともに全てが成長していったが、ある機会を境にそれが滞ることになる」
リディアはゾインの言葉を聞きながら考えていた。
彼が言わんとすることを。
「人間の増加に、文明が追いつかなくなったタイミング、か?」
少し違うな、ゾインは否定する。
「全てのものは、有限だから価値を持つ。希少だから価値を持つ。だが、爆発的な人口増加は人間の価値を希薄してしまった。個人の価値というものが希薄した中で、人々は、世界は様々なものを生み出した。文化の発展によって有益な道具が数多に生まれた。悲しいことに人々は次第に道具に価値を見出すようになり、それにより道具が跋扈した世の中において人間の価値は希釈した。有限なものに価値を見出すのであれば、価値もまた有限。その総数も必ず存在する。あるものの価値を維持しながら他のものの価値が上がることなどない。価値が上がるものがあれば価値が下がるものも必ず存在する。ゼロサムゲームのようなものだ」
ゾインは続けた。
「人間に対し、人間によって進化してきたはずの文明がその存在意義に牙を剥いてきたのだ。しかし、自身に備わる価値をすでに忘れ去ってしまった人間はそれに気づくことはない。ただただ文明に己の価値を侵略されてしまうのみ。そんな中で人間はどれほどの道具を持っているかによってのみその者の価値を推し量ろうとし始めた。本当の意味での貧富とはここから生まれたのだと私は思う」
リディアも少しゾインの言いたいことが理解できたようだ。
グラスを手にし、中の水を見つめながらゾインに代わって続けた。
「貧富によって、文明に対してプラスな感情を抱く者とマイナスな感情を抱く者が生まれ、それが人口増加と文化の発展によってその数の開き、乖離も大きくなっていったってことか。等しく個人に価値があったはずの人間のそれは文明によって奪われ、その文明を憎む者によってその成長、進化が停滞するようになったと。持たざる者の妬むベクトルの力が増長していった」
ゾインは頷く。
「奪われ価値を失った人間に対して、禁忌は禁忌でなくなった。ただただ形骸化した縛りへと成り下がる。しかしここで禁忌を解禁していたのであれば幾分マシな方向へ戻ることができただろうが、一度禁忌とみなしたものを世に放つことなど誰も勇気を持てず、気概を持てなかった。あまつさえ混乱を恐れ、保留した。今の状況はそういうところだ」
ゾインは一度葉巻を置き、蒸留酒に手を伸ばす。
「いきなり饒舌に話し始めたと思えば、つまりは何が言いたい? なぜ今、それを話したんだ? そんなことよりあたしはそっちの方が気になるね」
リディアは「ご高説痛み入るね」と肩をすくめた。
「いやなに、ドリスの——あの道化の一喜一憂する姿がとても滑稽に思えてな。人間が魔石という道具に成り下がって初めてその価値を見つめなおす姿がとても愉快で、気分が良くなってしまった。ふむ、やはり娯楽というものは大事だな」
「そんな考えを持っているお前はこれからどう動くつもりなんだ?」
「どう動く? すでに動いているじゃないか。人間の価値、個人の価値、私の価値を取り戻す。ドリスがその方法の一つ。そしてリディア、お前もその一つ」
「あたしが? おいおい、やめてくれ。知らないうちにあたしを巻き込むのは。やるならまず先に断りを入れるのが筋ってもんじゃないのか? それとも侯爵ともなればそんな筋すら無視できるってのか」
「侯爵、か。そんなものに私はなにも感じていないのだがな。まあ、動きやすい立場でいられるところに価値を感じているわけだからその全てを否定するものでもないが」
ゾインは葉巻を再びふかした。
「お前たち『次代の明星』は魔法による優位思想の集団。その向かうところはどこだ?」
「劣等種の排除だな。……なるほどな」
「人間の有限性を回復させる働きがお前たちにはある。減少により、人間の数が限られれば広く散らばった道具はそこらに余る。道具は人に使われて初めてその効果を発揮する。人の数が減れば道具は機能しない。それは道具の価値が低下することにつながる。そしてつまるは人間の価値の増加。いや、回復だな」
「いいのか? お前、王国の貴族だろう」
「王国などどうでもよい。時とともに血の薄れる王族に、時とともに王族としての価値が薄れていく者らなどどうでもよい。道具が蔓延る世の中で栄えた国などすでに崩壊しているに等しい」
「だから帝国の人間と手を結ぶのか?」
「帝国か。一度滅んだ国だ、どうせ同じ轍を踏む。なにせ——、いややめておこう。帝国の者に協力しているのはそういう理由ではない。コミュニティが異なろうが、所詮はこの世にしがみ付く腐った母体。王国と何も変わらんよ。あいつらの中に、人間を魔石へと変貌させる魔術を扱える人間がいるから、ただそれだけの理由だ」
どこまでも自分本位だな、とリディアは鼻で笑った。
「魔術といえば、お前の息子ダリアスは目覚めたが、その魔術に対して何か思うところはあるのか? お前のことだ、ダリアスの魔術、その権能を知らんわけでもないだろ?」
「もちろん。ものの価値を消費し、人間を操る魔術。腐っても私の血を引いているだけのことはある。まあ、それでも私を十分に満足させるにはまだ足らぬ」
「魔術師を相手によく言うぜ。口は災いの元。言霊が宿るその言葉が自分の首を絞めることになるかもしれないぜ? なにせ血は繋がっていようが、あいつはもうソビ家の人間ではないのだから」
リディアの言葉にゾインはくつくつと笑った。
「であるならば、私もまた魔術師になればいいだけの話だ。魔術……、ふむ、いつでも至れるな。安心しろリディア、問題ない。問題があるとすれば、リディア。魔術師であるお前もまたソビ家の人間ではないというところだな」
ゾインは葉巻の火を消した。
皆様、ご無沙汰しております。すずすけ でございます。
これにて第5部完結となります。
いかがでしたでしょうか? なかなか皆様の反応が怖いところでございます……。
…………。そうですよね、あまり動きのない話でしたものね。
しかも陰鬱なものでしたし。
第6部ではもっとアクティブにいく話となる予定です!
今のところは!
ぜひお楽しみにしていただければと思います。
ではいつものごとく、しばらくお休みをいただきます。
ご了承ください。
最後に、ここまで拙作をお読みいただき、そして応援していただき
誠にありがとうございます。
皆様のおかげをもちまして今日まで執筆を続けることができました。
温かいご感想や、誤字脱字のご報告といつも皆様に助けられております。
未熟ではございますが、これからも拙作にお付き合いくださると幸いにございます。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
それではまた、第6部でお会いいたしましょう。
すずすけ
【お願い】
少しでも
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