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 アインは蹲りながら、痛みに泣き叫ぶ。

 当然のことながら、少女の言葉に反応することができない。


「それじゃ、改めて問うわね? その様子だと、私の言葉を聞いていないと思うけど……って、いけないわ私ったら。レディがして良いのは期待だものね。他人からの期待が男を成長させるんだものね。勝手に推測して男に落胆してしまったらレディ失格ね。そうよ、幼い君は私の教育によって紳士に成長しているはずだもの。聞いていない、なんてもう二度とないはずよね。であるならば、問題を言うわ。……って問題を言うと言ってから一体どれほどの時間が過ぎたかしら。レディである私は、話が短いから、きっと私の言葉で時間が経ったわけではないわ。とするならば、幼い君のせいね。良くないわ、幼い君。これも幼い君の直すべきところよ? 次はちゃんとしなさいね」


 少女はそこまで話してから一呼吸ついた。

 オホン、と咳払いを一つして、少女は口を開いた。

 少女の言葉は短かった。


「いくら狩っても、絶滅の恐れもない動物はいったいなんだと思うかしら?」


 直後、アインを再び凄まじい速さの何かが襲い掛かった。

 そして四肢の激痛とともにアインは意識を失った。




「うぐっ……。ここは……?」


 意識が戻ったアインは激しい頭痛に抗いながら辺りを見渡した。

 どうやら森ではない。どこかの家屋の中にいるようであった。

 目が暗がりに慣れていないようで、はっきりと周りの様子を確認できない。


「あら、お目覚めかしら、幼い君?」


 暗がりの先、聞き覚えのある少女の声が聞こえた。

 アインは目を凝らして少女の位置を確認する。

 じっくり凝らしているうちに、徐々に目が順応したようで少女の姿が視認できてきた。


「ここはどこなんだよ!?」


 声を張り上げた反動で、アインの身体に痛みが走る。

 それなりに失血しているためか、この程度で軽い眩暈を覚えた。


「はぁ……、幼い君。だから何度も言っているけど、訊けばなんでも教えてもらえると思わないことよ? それは幼い君の悪いところだわ。たしかに見覚えのないところにいれば不安に思うのも無理ないかもしれない。でも、紳士ならば平静を保って状況を冷静に判断するべきよ? もしここが魔獣の寝床だったらどうするのよ。幼い君の今の声で穏やかに眠っていた魔獣がびっくりして起きてしまうかもしれないのよ? そうなったら幼い君なんかあっという間に魔獣の胃袋の中よ? 私は幼い君のことを思ってこうして注意してあげているんだからね。ちゃんとレディである私の言葉を聞いてほしいものね」


 少女はアインに背を向けたまま、手先を動かしていた。

 カチャン、カチャンと金属がぶつかる音が聞こえる。


 少女に対して不気味さを覚えるアインだが、差し迫った命の危機はないと判断したアインは少女の言葉を素直に聞き入れたわけではないが、状況を整理することにした。


 うす暗い中、少女の手元には小さなロウソクの火が灯っている。

 その明かりをもとに少女が机の上に並んだ何かしらの道具のようなものをいじっていた。


 四方を囲む壁は木でできているが、丈夫な出来ではない。日頃から整備をしているわけではないようで、時間経過による木の劣化が激しい。


 上を見上げると屋根があり、これも壁と同様の状況である。それでも雨は凌げる程度の機能はまだ残っているようだ。


 誰が自分を運んできたのか、間違いなく今目の前で道具をいじっている少女であろう。華奢な体つきの少女が自分を運べるとは思えないが状況から察するに何かしらの手段によってここまで運んできたのだろう。


「……ここは深く考えなくてもいいか」


 状況を受け入れるしかないのだから。


「独り言が漏れているわよ、幼い君? 言葉を口に出しながら頭の中を整理するのは二流、一流の紳士を目指すのであれば静かになさい。分かった? いえ、これまで言葉を交わしてきたのだから察しの良いレディである私でもさすがに分かるわ。幼い君が——」


 少女はまたアインを置いて長々と話し始めた。

 どこが話の短い女だよ、とアインはそれこそ脳内で愚痴た。


 そんなことよりも気になるのが、壁に窓がないことである。一切陽の光が入ってこない造り。そもそも住むための建物ではないのかもしれない。


 ではここはどういう目的で作られた場所なのか。

 少女がいじる道具は机の上だけでなく、いくつかは壁にも立てかけられている。そのどれもアインは見たことがない。


 だが、道具があることから何かしらの作業場であると判断したほうが良い。

 では何の作業場なのか。


 アインは耳の千切れたあたりを手で押さえながら思考を深くしていく。

 アインの状況判断能力は彼の年齢を考慮すれば、凄まじいものである。これはアイン自身認識しているものではないが、森での魔獣との対敵から、少女とのやりとり、いくつものイレギュラーな状況と命の危機に彼の防衛本能が枯れをここまで急激に成長させたのだ。


「……ひどい臭い」


 状況を整理していく、分からないという不安を一つ一つ解決していくうちに人は冷静さを取り戻していく。それはアインも同様であった。


 五感で仕入れる情報の八割が視覚からによるもの。冷静さを取り戻していくアインは、ここで初めて嗅覚による情報に気づくことができた。


 言い表すことができない異臭。それはアインがこれまで嗅いだことのない臭いであった。

 腐った肉の臭い、汚物の臭い、汚泥、カビ、血の臭い。

 ほかにも臭いはある。まるで不快な臭いの全てを集めかき混ぜて充満させているよう。


「さて、そろそろ状況が理解できたかしら、幼い君? 私は準備万端よ。そろそろ始めないといけないから、幼い君にも覚悟をしてもらわないといけないのだけど」


 少女はいじっていたいくつもの道具をキャスターのついた台座に置き、それを押し運びながらアインに近づいた。

 アインは少女から異様な空気を感じ取り、後ずさろうとするが身体が思うように動かない。


「レディである私は幼い君に期待することを止めたわ。冷静さを見る限り、幼い君が置かれている状況はある程度理解できているように思えるけど、まだ足りないわね。なにせ自分自身のことを理解できていないようなのだから」


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― 新着の感想 ―
诶?意思是那些行动奇怪的魔兽是人类改造出来的?
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