06
「畏まりました。そのようにお伝えしておきましょう」
ガウスは頷きながら返答した。
「よし! それじゃ、朝食も食べたことだしそろそろ出かけるよ」
エインズは立ち上がり、軽く叩きながらパンツのシワを伸ばす。
「これからどちらまで行かれるのですか?」
「うーん。決めてないけど、どこかいい所はない?」
「いい、所ですか……。魔術の探求も兼ねているのでしたら」
「王都が良いのでは?」
横で控えていたソフィアが答えた。
「王都? なにかあるの?」
「はい。王都には魔術学院がございまして、魔法の腕に覚えがある者や、魔術師を志している者が集まる地でございます」
王宮もありサンティア王国で一番栄えている地にございます、とソフィアは結んだ。
「魔術学院! いいね、それ。そんな素晴らしいところがあったのか。僕もそこに行って学んでみたいな! ああ、こんなことならもっと早く森を出て、その魔術学院に通っていればよかった……」
「いえ、エインズ様が学べることがあるとは、……到底思えませんが」
今更、魔神と称されるエインズが何を学ぶというのだ。逆に教えを乞いたいほどであるとソフィアは思った。
「ありがとうガウス団長。これからとりあえず王都に向かってみるよ。王都の……?」
「王都キルク、です。案内にソフィアを付けましょう」
「え、1人で大丈夫だから」
ソフィアの情緒不安定なところを見たエインズは、同行を許したくない。
「ソフィアがいれば、何かとキルクでも融通が利きましょう。それに旅の資金に困らないよう、援助も致しましょう」
「ええぇ!? お金までもらっちゃっていいの? さっきまで怪しい人物って疑われてたのに、この変わり様、怖いんだけど?」
「そ、それは本当に失礼しました。ですが、この写本のおかげで、私たちは豊かな生活が送れています。言うならば成果報酬と思って頂ければ」
「……まあ、シリカに『私は姉だ。姉の威厳がどうのこうの』と、無理難題を押し付けられたりして馬車馬のように魔法を書き記していたのも事実だし。それに無一文だからお金に困っていたのも事実だったしね。ありがたく受け取っておくよ」
死んだ目をして、シリカからの仕打ちを思い返すエインズ。
そんなエインズを見て、ガウスとソフィアが「「(まさか聖人シリカ様がそんな乱暴なことを)」」と想像もつかない様子である。
「よし、善は急げだ。ソフィア、すぐに準備してくれよ。この一分一秒で魔法は進化しているんだから。僕たちも取り残されないようにしないと」
「はい! すぐに準備します!」
「うん。外の空気でも吸いながら待ってるよ」
エインズは先にドアを開け、外に出ていった。
ソフィアも準備をして、ガウスと軽く今後について話をした後、エインズのもとまで駆けつける。
「よし、ソフィア。僕にとっては数年ぶりの外の街だ! 文化も魔法も思う存分に満喫しようじゃないか!」
義足を軽快に鳴らしながら歩きだす。
ジャケットの空の右腕と長く腰まで流れる銀髪を風に揺らめかせる。
「は、はい!」
ソフィアもその背中を追って歩き出した。
謎多き魔術師、魔神『銀雪のアインズ』が王都キルクに向けて旅立った。
エインズはソフィアを連れて旅立つ。
とりあえず、騎士団本部に向かう道中に見かけた露店を巡った。
気になっていた店を十分に満喫した後、徒歩にて王都に向かう。
「それにしてもガウス団長が言ってたように、実際ソフィアって王都で色々と融通利くの?」
横に並んで歩くソフィアに尋ねる。
「そうですね、『私』がというわけではなく、『銀雪騎士団』がといった方が正確ですかね」
「どうして?」
「銀雪騎士団は魔導書や『銀雪のアインズ』様のおかげで魔法の知識やその処理に長けた者が多くいます。ですので、魔獣討伐や他国との争いにおいて貴重な戦力として重宝されるのです。それもあって、王都での『銀雪騎士団』に所属する騎士は融通が利くのです」
「なるほどね。……って、『銀雪のアインズ』って誰?」
エインズとしては初めて耳にする単語だ。
そして、騎士団と同じ「銀雪」という言葉も含まれており、「様」をつけて呼ばれていることからとても偉い人物なのだろうと推測した。
「……あっ。えっと、とても偉大な魔術師の方です。魔神とも称されていて、知らない人はいないほど有名な方です」
「へえ。そんなすごい魔術師がいるんだね。やっぱり世界は広いもんだ。僕も会って、教えを乞いたいものだね」
エインズは帯剣していた剣を手に、前を遮る木の枝を切りながら進む。
ソフィアはその横で、エインズに真実を伝えられないもどかしさにため息をついた。
旅経つ前に、ガウスから言われたのだ。現在、エインズは魔術の探求に行き詰っているが故に気分転換を兼ねた旅。余計なことに思念してほしくないのだ。
「恐らくエインズ様はお会いになれないと思いますよ」
だって、本人なのだから。
「はあ。僕程度の魔術師では会ってもくれないのか……」
そうとは知らず、エインズは一人落ち込む。
ソフィアもこのまま話を続けていても好転するとは思えなかったため、話題を変える。
「エインズ様、ふと疑問に思ったのですが」
「うん? なんだい?」
「エインズ様は魔術師ですよね。どうして帯剣なさっているのですか?」
ソフィアが話している間もエインズは剣を振っている。
しかも振りが素人のそれではない。しっかりと剣術を身につけた者による磨き抜かれた振りなのだ。
剣術に研鑚を積んでいるソフィアである。枝を斬っているエインズの振りを見ただけである程度の技量は測れる。
「(流派は違いますが、私と同格、もしくは……)」
「ああ、これね。魔術師といっても剣の便利さも理解しているからね。魔法が得意だからといって、剣術を疎かにはしないよ。それに身体を動かすことは魔術にもつながるからね」
「そういうものなのですか。騎士であり剣士である私にはあまり理解できないところです」
銀雪騎士団として、魔法に関して知識や対処法を知っている。しかし剣術が魔術につながるとはソフィアも初耳だ。
「いい所にいたじゃないか」
エインズが目を向けた先には、大型のアーマーベアがいた。




