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「はぁ、はぁ、はぁ……。どうなってんだよ! ここの魔獣は!」
アインは息を切らしながら起伏激しい森の中を駆け回っていた。
革装備は魔獣によりボロボロになっており、左肩には激しい痛みが走っている今も続いている。
出血は酷いものではないものの、絶えず肩口から指先に垂れている。
その雫が地面に落ち、アインの臭いを残していく。
アインが逃げても魔獣はその臭いを嗅ぎ取り執拗に追いかけていた。
「み、みんなは……、逃げられたかな?」
アインたち討伐隊は森に入って序盤こそは順当に魔獣を仕留めることができていた。
バインらと連携しながらことに当たることで、誰一人負傷することなく討伐できていたのだが、雲行きが怪しくなってきたのはさらに深く森に入ったあたりからであった。
狼のような四足獣に出会った。
数は一体であったが、その魔獣はアインらを見つけると遠吠えをしたのだ。討伐に動こうとした矢先、その遠吠えを聞きつけた魔獣の仲間が彼らを囲い込んでいたのだ。
そこからは酷いものであった。
これまでの訓練や打ち合わせ、仕事の中で培われてきたアインらの連携だったが、魔獣たちのそれは軽くその練度を超えてきた。
まるで全ての魔獣の意識が一つになっているかのようにタイムラグなく臨機応変な動きをしていた。対してアインらはある程度の動きであれば目の動きでの伝達や動きに合わせて補助に回ることはできるのだが、予測不可能な動きや複雑な状況変化に対しては言葉を交わしての指示をし合わなければ対応できない。そこに時間差が生じる。
ベテランのバインであればまだしも、他の者は少なからず恐怖心がある。その僅かな身体の硬直、思考の停止が魔獣に対し後手を踏むことになってしまうのである。
どうやら魔獣らには恐怖心がないようだ。刃がその身に刺さろうとするその瞬間においても、個としての感情や動きを見せない。全体としてどう動くのが最善かを見極めたように動く。
剣が肉に刺さればそのまま身体で剣を食い止め、別の個体がその隙に剣士を仕留める。
弓を放つ者がいれば、弓のストックが枯れるまでその数で攻め尽きたところで襲いかかる。
それがこの魔獣たちである。
ドリスの言っていたとおりである。だが、それはとても不気味すぎる。
それがさらにアインらの精神を追い込んでいく。
結局彼らは退散するしかなく、ドリスは苦渋に満ちた表情で退く判断を下した。
「やはりこいつらは異常だ! 皆、退くぞ!」
ドリスは大きな声を張り上げ、指示を飛ばす。
「しかしドリスさんよ! 誰かが殿を務めなきゃこいつらから逃げ切れねえ!」
バインが剣を片手に魔獣の鋭い爪を受け止めながらつばを飛ばす。
「くっ……」
小隊の中でも、前衛を担う者らは彼らの中でもより深く森の中にいる。
弓使いなどの後衛は比較的魔獣との距離がある。
「俺達前衛でこの場を食い止める! その間にドリスさんや後衛のやつらが優先してすぐに退いてくれ。様子を見て俺達も後を追いますから!!」
「……分かった! しばらくこの場を頼む!」
ドリスとしては何か言いたげであったが、この場において思考を巡らす時間すら惜しい。
迅速な決断こそがなによりも重要な場面である。
ドリスはバインの意見に従い、すぐに指示を飛ばした。
幸いなことに魔獣らはアインら逃げる素振りを見せない人間に狙いを定め、ドリスらを深追いすることはなかった。
「アインよぉ。ここが踏ん張りどころだぜ! ガキにはちと酷だろうが、自身たっぷりのその腕っぷしをこいつらに見せてやれ!」
「お、おおっ!!」
アインは剣をいっそう強く握りしめ、魔獣に向かっていく。
援護射撃がなく、背後への敵にも注意を向けなければならずなかなか厳しい戦いではあったものの、森に残る前衛の者たちと可能な限り互いの背を守り合うようにして立ち向かった。
それでも全ての攻撃を防げたわけではない。
魔獣によって足の腱をやられ動きを止めてしまった後、袋叩きに合い、嬲り殺されてしまった者もいる。
この場に万全の者は誰もいない。ベテランのバインも裂けた額から流れる血で左目が真っ赤に塗りつぶされていた。
「こちらはもう大丈夫だ!」
遠くの方からドリスの声が聞こえてきた。
すでに避難が成されたのだろう。アインらにも撤退の指示が飛ばされた。
「アイン、聞こえたか! 俺達も退くぞ!!」
アインよりも経験ある者でも死んでいる中で、今もなお動けている彼は剣の才だけでなく運もある。
バインの声を聞き、魔獣を前に後ずさりしながら警戒を解かずに離れようとした。
「なっ!?」
しかしそれを魔獣たちが許さなかった。
バインら数人への攻撃の手を止め、アインのような比較的危険性の低い者を標的に定め、その者だけは絶対に逃さないといったかたちで囲い始めたのだ。
「くそっ! このイヌどもが!!」
退こうとしていたバインはその様子を見てアインの援護に向かおうとした。
「俺はいいから、バイン! 逃げれるやつは先に行ってくれ!」
「だけど、てめえは」
「俺なら大丈夫だ! こんな危機を乗り越えられなきゃ、タリッジになんて言われるか! 俺はタリッジを超える剣士になるんだ!」
アインは剣を振り回し、背後の敵の攻撃も受け止めながら気合を入れる。
「ガキのくせに、なに格好つけてやがんだ!」
それでも見捨てられないバイン。
「行けよ、バイン!」
「……。くそったれがっ!!」
バインは剣をアインの背中目掛けて投擲する。
それは完全にがら空きになったアインの背中に襲いかかろうとしていた魔獣の頭を横から突き刺しそのまま地面に刺さる。
「死ぬんじゃねえぞ! すぐに準備をして戻ってきてやるからな。それまで意地汚く逃げ回っていろよ、アイン!!」
「俺は剣士だっての……。なんで意地汚く逃げる前提なんだよ」
バインの遠くなっていく足音を後ろにアインは小さく笑った。
「動きを止めてちゃダメだ。バインの言葉じゃないけど、意地汚くでも一匹ずつやらないと!」
アインは駆け出した。
魔獣の攻撃をいつまでも受け続けていても無駄である。
全てを倒さなければ生きてはいられない。
ならば自分から向かっていかなければならない。
「いくぞ」




