17
◯
時は少しばかり遡る。
ユーリのもとを離れ、アインはドリス率いる魔石商のもとでタリッジから教わった剣の腕を振るっていた。
アインにはもともと素質があった。加えて、ユーリから受けた恩に報いたいという気持ちが彼のモチベーションとなり、戦闘の中でめきめきと成長していった。
「かーっ! まだまだ青臭いガキだと思っていたが、テメェなかなかやるじゃねえか!」
日に焼けた褐色の肌に、幼いアインの脚ほどの太さをした腕を組みながら唸る男が一人。
「へっ! 俺はな、お前なんか目じゃねえぞ! なにせ俺の師匠はお前なんかよりうんと強いからな。そんな師匠から教わった俺ならすぐにお前の実力を追い抜いてやるぜバイン」
「言うじゃねえかアイン! まあ、それくらい活きが良くなきゃやってられねえからな、いいことだ!」
バインはその分厚い皮膚の手でアインの肩を軽く叩いた。
しかし軽くというのはバインにおいての基準なだけで、アインにとっては身体が前によろけ、肩が砕けてしまうんじゃないかと思えるほどに強いものであった。
「痛えよ! 力加減を考えろよ」
「はは、わりぃな。こんなヒョロヒョロな身体じゃ吹っ飛んじまうか。悪かったぜ」
「ヒョロくねえ!」
アインとバインは馬車の中で揺られていた。
というのもドリスの指示で森のほうまで魔獣討伐で赴いていたのだ。
アインらが乗る馬車は一番後方を走り、三台が連なって走っていた。
先頭を経験豊富な者らが周囲への警戒も兼ねて乗り込んでおり、アインらが乗る馬車との間にドリスが乗っている。馬車を外から見る分には三台に違いはない。
しかしドリスは商会の長である。その内装はアインらのものとは比べ物にならない。馬車の揺れで腰を痛める心配もないほどにクッション性の高いソファにその身を委ねている。
「それにしても、なんで今回はこんなにもみんなピリピリしているんだ?」
アインは馬車の中を見渡しながらバインに尋ねた。
バインだけは気さくに話しているが、その他の者らはバインと様子が違う。
目を閉じ、逸る気持ちをどこか抑えているようであった。
「それもそうだろうよ。お前、ドリスの旦那の話を聞いてなかったのか? 今から向かう場所はこれまでのところと少し違うんだ」
「違う? 今回も魔獣を倒すんだろ?」
「ああ。それは違わねえ。違うのは魔獣の性質だ」
「性質? めっちゃ強いのか?」
腰から外し抱きかかえていた剣を握る手にぐっと力がこもるアイン。
「強いか弱いか、ガキはやっぱりそんな判断しかつかねえよな……」
ため息をつくバイン。
ガキという言葉にアインがバインに食ってかかるが、彼はそれを手で制して続けた。
「個体自体はそんなに強くはねえ。だがな、最近のここの魔獣の様子がおかしいのさ。群れで俺たちを襲ってくる。魔獣らしくなく連携しながらだ」
「連携って、魔獣が俺達みたいな戦い方で襲ってくるってことか?」
アインたちは魔獣と敵対する際、各個撃退という方針で魔獣を討伐するのではなく、数人で小隊を作り各々が役割を担って身の安全を確保しながら魔獣を追い込み討伐していく。
魔獣がそんなアインらのような連携を取りながら襲ってくるなど、彼には想像できなかった。
アインがこれまで目にしてきた魔獣は同じ種族であっても助け合うようにして襲ってくるものではなかった。我先にと獲物に飛びかかってくる直線的な襲い方をしてくる魔獣ばかり。
「ああ、だから厄介なんだ。そしてそれはつまり、これまでの仕事よりも危険性が高いことを意味する。だから皆普段よりも気が立っているんだ」
なるほどな、とアインはバインの言葉を理解はしたものの、実際話にあった魔獣の動きを想像できていないがゆえにその恐怖というものがあまり実感できていなかった。
「逆に呑気にいられてるのはお前だけってところだな。お前、大物だぜ、ほんと」
バインはガハハと笑って再度アインの肩を叩いた。
馬車の中でアインとバインは二人くだらない話で盛り上がり、気づけば目的地に到着するのであった。
馬車が止まり、皆目的の森にたどり着いたことを確認した。
各々が自分の武器を装備して降りる。
アインも抱きかかえていた剣を腰に帯剣してドリスが乗っている馬車の前で周りに合わせて整列した。
整列が終わると、それに合わせたように馬車のドアが開く。
開いた隙間からシガーの残り香が漂ってくる。だが、さすがにドリスもこれから魔獣と対敵することになるため酒は口にしていないようだ、アルコールの臭いはしない。
「では今日はここで皆に魔獣を討伐してもらいたいと思う。もうすでに話しているが、ここの魔獣は少し特殊な動きをする。危険度は普段のものより高くはなるが、群れで襲ってくる分討伐できる数も多くなる。私は皆にその働きを期待しているが、皆もこの機会にこれまでよりも多くの魔獣を倒し稼ぎを増やしてほしいと思う」
ドリスの言葉が終わると整列を崩して皆がそれぞれの小隊の者と集まっていく。
アインもバインや小隊の他の者と集まり、今回の動き方を確認していく。
打合せをしながらアインは横目で周りの小隊を確認する。
バインのようなベテランも多くいるが、アインと同年代の者もそれなりの数いた。魔石商に入った中でアインが一番の新参であることから自分よりも幼く見える彼らだが、それでも戦場での経験はアインよりも多い。
「……へっ。俺が一番強いな」
経験が多いといっても彼らはベテランではない。傍から見ても緊張しているのが丸わかりである。
「おい、アイン! こっちに集中しろ。すり合わせを適当にしていると命取りになるんだからな」
「ごめん」
馬車の中でのバインとは違い、すごく真剣な面持ちをしている。
普段のふざけた話しぶりと異なり、流石はベテランである。切り替えがすばらしい。
全ての小隊が確認を終え、場が静かになり始めた。
「よし、それでは行こうか!」
ドリスの指示でアインらは森の深くへと入っていった。




