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 エインズはその小さな手で異様な輝きを見せる石を掴み、眺めていた。

 それは魔獣を打ち倒し、その体躯から抜き取った魔力の塊。


「エイちゃん、いつまでもその魔石を見ているけど、何か思い入れでもあるのかい?」


 テーブルを挟み、湯気の立つ茶をすすりながらその様子を眺めるシギュン。


「うん。これを持っていた魔獣に僕は何度も殺されたんだ」


 そう答えるエインズの目は濁っていた。


「あぁ、エインズくんはもう魔術の祝福を受けているんだったねぇ。これで何回目なんだい?」


 生気がないエインズとは打って変わって楽し気に話すイオネル。

 そんなイオネルの態度にため息をつくシギュン。彼女はエインズのその背景を理解していた。


 なにせエインズが何度目の人生を送っているのか、それを彼女の魔術が彼女に伝え教えているからである。


 とはいえ、シギュンが目にするエインズは今目の前にいるこの時が全てである。

 これまでの彼を知らない。この沈んだ、根暗な性格がエインズ本来のものなのかそれとも繰り返される絶望の中で憔悴してしまった果てにこうなってしまったのか。シギュンはそれを知ることはできない。

 ただ間違いなく言えることは、エインズが既に幾度と絶望を味わっているということである。


「でもよかったじゃないか。因縁の相手を倒せたんだよねぇ。いやぁ、エインズくんの魔法はすごいからねぇ、倒せても不思議じゃないねぇ、うん」


「そりゃね。魔法はこれまでもずっと練習してきたから」


「うんうん、それは思い入れが強いだろうねぇ」


 エインズは魔石から目を離さない。

 シギュンには分かった。その魔石を内包していた魔獣はエインズを襲っただけではないのだと。それだけのことでこれほどに憎しみの籠った濁った目をしない。


 おそらくエインズに近しい者らも襲われたのだろう。

 そしてエインズが幾度とその魔獣によって死を経験したと同時に、幾度と彼の親しい者が食い殺される目を覆いたくなる瞬間を見てきたのだと。


 憎しみに加え、怯え、憂い、無力感。

 魔術師の身体は人間そのものである。人の致命傷は、魔術師にとっても致命傷となる。だが、それは正しく人生の終わりを表すものではない。これからも繰り返される。


 繰り返された先、魔術師の魂、エインズの魂に刻み込まれる。ヒビをつける。


「エイちゃん、あたいはこれまでに魔術師の成れの果てについて話したことはあるかい?」


「詳しくは聞いてないよ。廃人になるとしか」


 今のエインズの様子を見て、シギュンは今のうちに話しておかなければならないと判断した。

 いつこの子が廃人になってしまうか、分からないところまできている。

 辛いが、気を強く持ってもらわなければならない。


「魔術師の死は制約によってのみ為される。だけど、魂は別だよ」


「それも聞いたよ。繰り返される身体的な死の中で魂に傷がついていく。それが限界を超えて魂が砕けたとき、廃人になるって」


 エインズは淡々と話した。


「そう。自我が保てず、本来の目的も見失った中で死んだように生きていく。魔術師として培った力だけを持ってね。この廃人というのが厄介でね、なまじ力を持つがゆえに暴れまわれば災厄となるんだ」


「そうそう、苦労するよぉ? なにせ、理性がないからねぇ」


 無駄に口を挟むなとイオネルを横目に見てからシギュンは続ける。


「魂の在り方はそのまま、その者の在り方を変えるのさ」


「だから僕に廃人になるなって言いたいんだよね。分かったよ、まだ大丈夫だから」


 食い気味のエインズ。


「そうじゃないよ、エイちゃん。姿かたちまでもが変わってしまうのさ、文字通りね」


「何が言いたいの? 化け物にでもなってしまうっていうの?」


「化け物ねぇ……。うーん、まあある意味そうかもしれないねぇ」


 イオネルの変わりのなさはある意味惚れ惚れする。

 シギュンは茶をテーブルに置き、真っすぐエインズを見る。


 続きをいつまで経っても話さないシギュンに違和感を覚えたエインズがここで初めて顔を上げてシギュンを見た。


 そして初めて動揺した。

 その目が真剣なものだったから。


「絶望の旅路の中で魂を極限にまで傷つけ廃人となった魔術師は姿かたちを変えて理性なく暴れまわる。災厄として人を襲う。それは別の見方をすれば、本来の目的も自我も失ったうえでなお世の理に抗う化け物でもあるだろうね。そしてね、エイちゃん。そんな化け物は砕けた魂を、凝り固まった大義なき力を内包しているのさ」


 真っすぐ向けられる視線に、エインズは魔石を落とした。


「一般人はそんなことまでは知らないさね。だけどね、彼らもそんな化け物の存在だけは知っているんだよ。そしてあたいや、そこのイオネル、そして世の理に生きる者たちもその理性なき化け物をこう呼ぶ」



「『魔獣』とね」



「ちょ……、ちょっと、待ってよ」


 エインズは震える手で魔石に触れる。

 しかし力が入らない。うまくつかみ取れない。


「もちろん魔獣の全てがそうして生まれるわけじゃない。魔力の集まった場所で獣が変異して魔獣になることのほうがほとんどさね。でもね、皆が恐れるような強力で最悪の魔獣にして災厄の魔獣は、魔術師から成る化け物なんだよ」


「シギュンばあちゃん、待ってよ……。ちょっと待って!」


 エインズはこれまでの旅路を思い出す。

 これまで自身を嬲り殺してきた魔獣が鮮明に思い起こされる。


 シギュンの話によれば、魔獣の生まれ方は魔力の集まった場所からの変異がほとんどだという。だが、全ての魔獣がそうではない。つまり、エインズの身を切り裂いた魔獣の中には、もとは人間だったものもいるということなのだ。


 そして、エインズが倒した魔獣の中にも同様に人間だった個体もいた可能性があるということである。

 だが、そんなことは些末なものである。

 シギュンの話にエインズが恐れをなしているのはそこではない。


「ま、魔術師は……、魔術師は誰でも成る可能性があるんだよね?」


 声が震える。


「そうだねぇ。無論、魔術師に至るにはそれ相応の素質が必要だけどもねぇ。ただ、可能性というだけの話であれば善人も悪人も、国王や貴族などの高貴な身分の者も卑しい身分の者も、老人や子ども、男女問わず、すべからく全ての人間がその可能性を持っていると言えるねぇ」


 と、すればである。


「エイちゃん、いまエイちゃんが考えていることは間違っていないよ。残念だけどね」


「誰もが魔術師になる可能性があるということは……、誰もが魔獣になってしまう可能性もある、ということ……。僕も魔獣になってしまうかもしれないって……」


「当然、僕もなるかもしれないねぇ」


 くつくつと笑うイオネル。


「いいや、お前はもうならんだろう? その身でまだ欲をかいているのであれば別だけど」


 シギュンに冷ややかな目を向けられ肩を竦めるイオネル。


「いいかい、エイちゃん。だからあたいは全ての魔術師を救いたいんだよ。もちろんその中にはエイちゃんもいる。願わくばエイちゃんが、エイちゃんの魔術が正しく□□に至らんことを祈っているのさね」


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