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子どもたちの未来を明るくしたい、国のあり方を良くしたいと言ってもそれは力がなければ成し遂げることはできない。魔術学院に通う子どもには才能という力がある。貴族の生まれの者は生まれながらに財力や権力、将来性といった力がある。
しかしユーリのもとに集まる子どもたちにはそれがない。
力のない者が、力ある者らが跋扈する世の中で大成するには結局のところ何かしらの力を身に付けなければならない。運があれば危険に身を投じずともそれを手にすることはできるだろうが、みなが運があるわけではない。
とすれば危険に身を投じなければならない。虎穴に入らずんば虎子を得ず。ユーリにできることは結局のところ虎穴に入るための手助けでしかなく、虎穴に入らなくて済むようなものではないのである。
「だからといって私にこの子達の代わりはできない。それがとても悔しい……」
それはユーリの力となってしまう。
自身が力をつけようとするのならば、彼ら自身が為さなければならないのだ。ユーリはそれを見守ることしかできない。
「ですが、虎穴に入る勇気がなければ何も始まりません。可能性も生まれません。ユーリさんのここでの行いは何も無駄なことではないと僕は思いますよ」
「エインズ様……」
ソフィアもエインズの言葉に同感だ。
世の中にはそのきっかけすら与えられずに死んでいく者も多い。
もちろんだからといって無用に命を賭けるような無謀な決断はしてほしくはない。だが、現状どこかで自らが持つ何かを賭けなければならない瞬間は必ず訪れてしまう。
ソフィアは、庭に目を向けながら自身は恵まれていると痛感した。
ソフィアは銀雪騎士団の剣士である。いわゆる『力』もある。だから賭けられるものも多い。
だが、ここから見える彼らにはベットするものすらない。だからこそその身を賭けなければならないのだ。
「エインズさん、ありがとうございます。誰かにそう言ってもらえるだけで私は救われます。……いや、救われてしまいます」
自分を救ってほしいわけではない。救ってもらえるのであればアインの命を救ってもらいたい。だが、それを口にしたところで何の意味も為さない。
そしてそんなユーリはエインズの言葉に幾分かの罪悪感が和らいでしまう。救われてしまう。
そんな自分にひどく嫌気が差す。
「そうだ。できたらアインくんが取ってくれた魔石なんですが、タリッジさんに受け取ってもらえないでしょうか?」
「……どういうことだ? それはお前らの生活に必要なもんだろうが。それにガキの形見でもあるじゃねえか、俺は受け取れねえよ」
ユーリは袋の中から取り出した魔石を手に、タリッジに差し出す。
「いいのです。アインならきっといの一番にタリッジさんに自分の功績を見せにいったでしょうから。きっとこれを手に褒めてほしかったでしょうから」
タリッジは差し出された魔石に手を伸ばした。
それを手にしたとき、タリッジの脳裏に破顔したアインの姿が見えた。
『どうだタリッジ! あっという間に魔石を取ってきたぜ。これはタリッジを超えるのも一瞬だな!』
『はっ! こんな小せえ魔石でいきがってんじゃねえぞ。俺を超えるって言うんなら、これの十倍の大きさのものを持って来いよ』
『んだと!』
飛びかかるアインの額にデコピンを打つタリッジ。床を転がりその痛みに悶えるアインとそれを見ながら笑うタリッジ。
そんな様子が彼の中に流れてきた。
「ちくしょうが……」
タリッジはその小さな魔石を大きな手で包みこんだ。
タリッジの不器用な様子にユーリはここ数日で初めて本当の笑みがこぼれた。
「エインズさんも、どうかタリッジさんと一緒に受け取ってはくれませんか? ……エインズさん?」
ユーリがエインズに目を向ける。
しかしエインズはユーリに答えることなく、神妙な面持ちでタリッジが包みこんだ魔石に目を落としたままだった。
「……」
「エインズ様、いかがしましたか?」
気になったソフィアもエインズの顔を覗き込む。
二人がエインズの様子を窺ったまま、静かに反応を待つ。
「……不愉快だ」
そしてエインズは口を開いた。
そこには怒りが滲んでいた。
「も、申し訳ありませんエインズさん。エインズさんにとってはあまり関係性のない亡くなった者の形見など、気分を害してしまいますよね」
すぐさま頭を下げるユーリ。
「エインズ、てめえ! さすがにそれはねえだろうが!」
タリッジは椅子を蹴飛ばして立ち上がる。
エインズの不愉快という言葉に、アインの死を無下にされたように感じた。
ソフィアはどうしてしまったのかとオロオロした様子で、タリッジとユーリに目を配りながらエインズの反応を待った。
「いや、二人ともごめん。そういうつもりで言ったわけじゃない。この魔石はもちろん大切に受け取らせてもらうよ」
「あん? んじゃ、どういう意味なんだよ、あの言葉は! 説明しやがれ」
収まらないタリッジ。
「タリッジ、それは後で話すよ。それよりもユーリさん、一つ尋ねてもいいですか?」
「な、なんでしょう?」
エインズの纏う空気が変わった。
ユーリはただならぬ雰囲気のエインズに言葉が詰まる。
「ドリスさんの居場所を聞いてもいいですか?」
「ドリスさんの? 構いませんが、何か用事でもあるのですか? でしたら私が代わりに言付けしますが」
「いいえ。直接行くので大丈夫ですよ」
「そ、そうですか。分かりました」
立ち上がったままのタリッジは「意味が分からねえ!」と憤慨して蹴り飛ばした椅子をぞんざいに引き寄せて腰を落とした。
そしてエインズはユーリから商会の場所を聞き、感謝を伝えてここを後にした。
「戻ってきましたらユーリさんにお話があります。どうか待っていてください」
エインズは珍しく怒りに左手を強く握りしめていた。




