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「まあ、仕方がないと僕は思うよ」
「あん?」
「魔獣の動きが不自然だったみたいで、群れに囲まれてしまったらね」
エインズはドリスから聞いた状況をそのままタリッジに話した。
魔獣が群れを成してアインたちを襲ってきたこと。まだ未熟なアインが率先して魔獣を食い止めたことでドリスら数人が逃げ帰ることができたこと。
その話を聞いたタリッジは、数日世話をしただけのアインに対してその剣士らしい振舞いに感心したと同時に惜しくも感じた。
まだ自分の命を擲つ年齢でもないだろうに。
ただの自信家なガキだと思っていた少年が、たった数日でしかも自分の気力だけで勇敢に立ち振る舞ったのだ。
素直に、称賛に値する。
とはいえ、年端もいかない少年にとってその最期はとても恐ろしいものだっただろう。
残る自分に襲い掛かる魔獣の群れ。視界の全てに牙を立てた魔獣が映り、見えぬところからも魔獣が牙をむく。
直ちに首を刎ねられるように、感じる痛みが一瞬だったのであれば幾分か救いだっただろうが、そんな最期ではなかっただろう。四肢を嚙みつかれ、肉を食いちぎられ、骨をかみ砕かれる。
完全に意識を失い死に至るその瞬間まで続く恐怖と激痛。
そんな最期は幼い少年であるアインには合わない。
タリッジは奥歯を強く噛みしめる。奥歯が砕けてしまうかと思うほど強く。
「……とりあえず、あのガキを弔いてえ。そんでそっから、その魔獣らを一匹残らずぶっ殺す!」
〇
二日後。
ユーリが心を落ち着かせる時間がほしいと言っていたので、タリッジを引き連れたエインズらは、二日空けてユーリのもとを訪れた。
ユーリの住んでいる邸宅の庭は以前と変わらず子どもたちが賑やかにしていた。
どうやらユーリが言っていたように子どもたちの前では気丈に振舞い、これまでどおりに接しているようだ。
「ユーリさん、こんにちは」
ドアをノックしてエインズらは家の中に入った。
「やあ、エインズさん。いらっしゃい」
椅子に座り、静かに茶を飲むユーリ。
にこやかな表情を見せるが、どこか影のようなものを感じる。
茶を飲みながら一人静かに庭の様子を眺めながら過ごすユーリ。それは穏やかな日々過ごす平和な時間というよりも物思いにふけているといった様子である。
「気分は落ち着きましたか?」
エインズは招かれた席に座る。
ソフィアとタリッジはエインズを挟むようにして同じく椅子に座った。
ソフィアのほうはいつものように静かに座しているが、タリッジはどこか苛立ちを見せながら椅子にどかりと座る。
「いえ……、全然だめですよ。でも、そういつまでも塞ぎ込んではいられないですからね。あの子達もいますから」
ユーリは庭でおままごとにふける少女や走り回っている少年らに目を向けながら茶を一口含む。
タリッジは大きく舌打ちをした。
「おい、タリッジ!」
「はっ!」
その振る舞いをソフィアに叱責されるがタリッジは顔を背けて無視を決め込んだ。
「タリッジさん、申し訳ありませんでした……」
タリッジの様子にユーリが気づかないわけがない。
彼はアインに剣を教えていたのだ。
アインの死を伝えられたあと、エインズがタリッジにそれを伝えたことは容易に推測することができる。
愛想のないように接していたタリッジだが、アインのことを親身になって考え接していた様子はユーリも見ていた。
そんな彼がアインの死に憤らないわけがない。
「別に、お前のせいじゃねえだろうが。……あいつが弱かっただけだ。本当に、それだけだ」
背もたれに肘を乗せ、完全に横を向いた姿勢でタリッジが呟く。
脚を組み、テーブルを指でトントンと叩きながら苛立ちを紛らわそうとしている。
「あれからドリスさんは?」
エインズが尋ねるが、ユーリは首を横に振る。
商人というものは、冷酷なものである。人の死もまた価値の一つの形にしか過ぎないのである。
当然アインの死を偲んだだろうが、それ以上に今回の一件で起きた人的欠損や利益損失を補うためにいつまでも立ち止まってはいられない。
「クソ商人が……」
「仕方がありませんよ、タリッジさん。ドリスさんはまだお優しい方ですよ。私を案じて手紙を送ってくださいましたし、そこにはこれまで以上に援助してくれるといったことまで書いてくださいました」
ドリスは商人ではあるが、それでも幼い少年を引き取ったのだ。損得勘定だけの冷たい考えだけではない、そこには商人には珍しく罪悪感もあった。
「それはまあいい。それで、ドリスから受け取ったっていうガキの遺品を見せてくれねえか。こいつから話は聞いたがこの目で見ない限りは半信半疑なんだ」
「タリッジ、貴様言葉には気を付けて——」
「うるせえ」
ユーリはソフィアを手で制し「いまお持ちします」と言って席を立った。
タリッジはエインズの言葉だけではアインの死を完全に受け入れられていない。
彼がエインズについてきた理由は、実際に自身の目でアインの死を確かめるためなのだ。
小袋を抱えたユーリがそれをタリッジの眼の前に置いた。
タリッジは真一文字に口を結びその袋に目を落とす。
アインの死がこの袋だけで収まっているのかと思うと、どうにも平静ではいられない。
「ちっ」
袋を手にしたタリッジ。その軽さにやるせなさを感じる。
袋の中からアインの血が染み込んでいる服の切れ端を取り出した。
どす黒い血がべったりと染み込んだ服。
剣士として幾多の戦いをくぐり抜けてきたタリッジ。
その血を見れば、どれだけの出血量でどのような結果を迎えたのかは簡単に想像することができた。
「くそったれが……」
切れ端を強く握りしめようとしたがタリッジはそれをやめ、静かにテーブルに置いた。
「私は結局非力なのです……。あの子たちのためにといっても私一人では何もできません。そればかりか、私は結局この子達に危険な道を選ばせてしまっている。みな等しく平和に過ごす権利があるというのに。私がやっていることは結局のところ自己満足の偽善でしかないのかもしれません」




