13
「いえ、最期を見ていないのであれば、アインが生きている可能性も残っています。ですから!」
ユーリの瞳は揺れている。
ユーリは理解しているが信じたくないのだ。だから、無理にでも自分を誤魔化すために言葉を口にする。
「ユーリさん、間違いなくアインくんは死んでいます」
そんなユーリにエインズが現実を突きつける。
動揺することもなく、怒りや悲しみ、それらの感情も含まず、ただ淡々とユーリに現実を受け入れさせるために。
ユーリから力が抜け、頽れる。手にしていた袋は床に落ち、中身が転がり出る。
それらは夥しい出血とその結末を物語っている。乾ききっておらず、いまだ僅かに湿り気が残っていた。
「……ユーリさん。こちらの魔石はアインくんが最後に採った魔石です。……これらはユーリさんのもとにあるべきですから、そしてアインくんはきっとユーリさんに渡してほしいと思っているでしょうから……」
小さい袋。
いつもドリスがユーリに渡す魔石が入った袋。
しかし、いつものものよりも中身は軽い。ドリスが言ったように、アインが魔獣を討伐して採った魔石のみが入っているのだろう。
そのいつもとは異なる重さの違い。
それが、より魔石商でのアインを感じ取れた。
まだあれだけ幼い子どもが味わってはいけない痛みだったことは容易に想像できる。
泣き叫ぶほどに怖かっただろう。泣き叫ぶほどに痛かっただろう。
そんな最期に、アインを一人にしてしまった。救えなかった、その最期を一緒にいられなかった。
ユーリの目から涙が溢れた。
「……ドリスさん、エインズさん。しばらく一人にさせてください」
「……分かりました。……ユーリさん、あなたの大切な教え子をこのような形でご報告しなければならなくなり、本当に申し訳ありません」
深く深く頭を下げたドリスは「また日を改めて伺います」と残して、重い足取りで立ち去った。
「エインズさんも、今日はもう……」
床に転がる袋に顔を沈め、涙を流すユーリ。
魔石商での仕事はかなり厳しいものだとアインに伝えていた。最悪の未来が訪れる可能性も。
アインに対して口にしていたユーリだが、その早すぎる結末にユーリ自身その覚悟がまだついていなかったのだ。
そんなところに今回のドリスの報告。ユーリの心を抉った。
「でもユーリさん、子どもたちがいますよ」
「……大丈夫です。あの子たちの前だけは気丈に振舞いますから」
「そうですか、分かりました。では僕もここで失礼しますね」
「……すみません」
顔を上げることなく、鼻をすすりながらユーリは口にした。
エインズは静かにドアを閉め、外に出た。
「エ、エインズ様! そろそろお帰りですか!? そうですか、やっと私は解放——」
少女に捕まり辟易していたソフィアは帰る素振りのエインズを見つけ、救われたような表情になった。
「エインズ様?」
「帰ろうか、ソフィア」
「は、はい……」
ソフィアはいまだ逃がさないと服の裾を掴む少女に別れを言って、エインズとともに帰路についた。
途中、エインズは口数が少なかった。
ソフィアが話しかければ答えるし、反応も特段いつもと変わらない。
しかしなにかいつもと様子が違う。そう直感でソフィアは感じ取った。
だがそれを尋ねることはしない。エインズが話してくれることを待つことにした。
ブランディ邸に戻った二人は、ダイニングに向かった。
「エインズ様、まだ夕食の時間には早いですが」
ダイニングに座るエインズをみかけたリステが声をかけた。
「いえ、分かっていますよ」
「そうですか」
エインズの方をチラチラと見ながらおどおどするソフィアの様子が目に入ったリステは、それ以上エインズに話しかけることはしなかった。
「ソフィア、タリッジを呼んできてくれないかい?」
「タリッジを、ですか? 分かりました、お待ちください」
エインズから話しかけられ、嬉しそうに顔を上げるソフィア。しかしタリッジを呼んできてほしいとのことで、この場に邪魔が入るのは嫌だと一瞬表情が歪んだ。
それでもエインズがそうソフィアに求めているのである。であれば彼女は主が求めたことを遂行するだけである。
ソフィアは立ち上がりタリッジを呼びに向かった。
しばらくしてソフィアと、連れてこられ億劫そうなタリッジが姿を現し、席についた。
「なんか用か? わざわざ呼び出すなんてよ、また面倒ごとか? 言っとくが、もうガキのお守りは嫌だからな」
指で耳の穴をほじりながら不満を口にするタリッジ。
「いや、そんなことじゃないよ。ただタリッジには話しておかないといけないと思ってね」
「なんだ?」
横からソフィアが「貴様!」と肘でタリッジを小突く。
「アインくんのことなんだけどね」
そう話し出すエインズ。
「ああ。今日もたしかあそこに行ってたらしいな。なんだ? あのガキ、もしかしてもう音を上げて戻ってきてしまったのか? ったく、しょうがねえやつだな、まったく」
「途中で口を挟むな! 黙って最後までエインズ様の話を聞け」
鬼の形相になるソフィアにタリッジは舌打ちを一つした。
「それで? 魔獣が怖くてブルっちまってたか? あのガキ、すぐに泣くからな。それならあいつの顔を拝みに行ってやってもいいぜ?」
ははっ、と笑うタリッジ。良い揶揄うネタが出来たと喜んでいる様子である。
「アインくん、死んだよ」
「…………。てめえエインズ、なに言ってんだ? てめえの洒落は面白くねえが、今のやつはこれまでで一番面白くねえ!」
タリッジは拳でテーブルを強く叩く。
「冗談じゃなくてね。ドリスさんが来て、報告と一緒に遺品を持ってきたんだよ。そのなかにはアインくんの血がついたものも入っていた。あの感じだと、間違いなく死んでいるだろうね」
目を大きく開き驚くソフィア。
一方、タリッジは酷く顔を顰める。そして平静な表情を保つエインズを睨みつけて、その言葉の真偽を確かめる。
エインズとタリッジの間にしばらくの沈黙が生まれる。
タリッジが睨みつけるエインズの瞳に一切の動揺はない。
もちろんこの場でなくともエインズからしてみればタリッジの威圧など何の意味もなさないのだが。
「…………クソが」
タリッジは舌打ちを一つしてエインズから目を逸らした。