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それから数日が経った。
あれからもエインズはユーリのもとを頻繁に訪れていた。
しばらく王都にいるということは、カンザスの邸宅にお邪魔になることを指す。
それはつまり、することがないエインズは以前のように邸宅で怠惰に過ごすことしかやることがない。そうなればメイドやライカの目が気になってくるところである。
そんな引け目を感じたエインズは可能な限りユーリのもとを訪れ、ライカたちに怠惰な生活を送ってはいないとアピールしているのであった。
「ソフィアおねえちゃん、よくクマさんの好きな食べ物を覚えられたね! えらいね!」
「いえ、その……、ありがとう、ございます」
庭で少女を相手に苦笑いを浮かべるソフィア。
エインズがユーリのもとを訪れるということであれば彼女がエインズに同行することも意味している。
そしてソフィアはおままごとをしている少女に捕まり、こうしておままごとに強制参加させられていた。
一方、タリッジはというと。
面倒を見ていたアインがここを離れたということで、自分の役目は果たしたとばかりに来ることはなかった。
子どもの面倒など見てられるか、と鼻で笑ってエインズの誘いを断ったのである。
「それで、あれからアインくんはどうですか?」
それを窓から眺めていたエインズがユーリに尋ねる。
「いえ、アインはあれからここへは立ち寄っていません。きっと忙しいのでしょうね」
茶の入ったポットを持ったユーリはエインズと向き合うようにして席に座った。
エインズが頻繁に訪れているにもかかわらず、ユーリは嫌な顔を一切しない。
というのもエインズも少しは考えたようで、手ぶらでの訪問はまずいと思い、カンザスの家から食料などを持ち出しそれを手土産に訪れた背景も影響があると思われる。
「便りがないのは良い便り。充実した生活を送ってくれているだけで私は幸せなのですよ」
ユーリは茶を注いでエインズに差し出す。
それを窓から子供たちの様子を眺めながら静かに二人で楽しんだ。
そんな時だった。
ドアがノックされ、現れたのはドリスであった。
「ああドリスさん、こんにちは。ちょうど今、ドリスさんのもとに行ったアインの話をしていたところなのですよ。どうですか? アインは元気にやっていますか?」
「……こんにちは、ユーリさん」
ドリスの表情は暗い。
「……なにか、あったのですか? よろしければ座ってお話でも——」
ドリスからただならぬ空気を感じたユーリは表情が硬くなる。
「いえ、ユーリさん。私には椅子に座る資格もありません」
「どういうことですか?」
ユーリからの誘いを断り、玄関先でそのまま話をするドリス。
「アインくんは、私どものところでとっても良い仕事をしてくれていましたよ。幼いのにあれだけ剣を振るえる子は他にいないでしょう。皆、アインくんを褒めていました」
「そうですか、それは良かったですが……」
アインの働きぶりを話すドリス。
その内容からはドリスがアインにとても満足しているように聞こえる。そしてそれはユーリにとっても嬉しいことである。
だが、その割にはドリスの表情は沈んだままである。
「こちらを……」
ドリスが差し出したのはいつもの小袋ともう一つ、少し大きめの袋であった。
ドリスが大きい方の袋を差し出すことはほとんどなく、珍しい。
「こちらは魔石が入っているのですが……」
ドリスから二つの袋を受け取ったユーリは、大きい方の袋を開けて中を見る。
「……これは?」
中には布や防具に使われていたであろう鉄の欠片などが入っていた。
だが、それが放つ臭いが良くない。
本来防具の欠片からは臭わないほどの強烈な鉄の臭いがユーリの鼻を刺激する。
「ユーリさん、血の臭いがするね」
離れていたエインズにもそれは届いていた。
「……申し訳ありません、ユーリさん。いや、こんな言葉だけで片付けられないのですが、それでもこう言うほかを私には考えられず……」
「……」
ユーリは背中に汗が伝うのを感じた。
「この前、アインくんを含めた討伐隊で魔獣のいる森に向かったのですが、そこで、その……」
ドリスが言いよどむが、ユーリは口を挟まず静かに続きを待った。
ドリスとしては何か言ってほしい、口を挟んでほしい、できることならこの話を口にしたくないと思ったが、ユーリが沈黙を続けているため重い口を開き、続きを口にする。
「以前にも少しお話ししました魔獣たちの奇妙な動きがありまして、群れを成して我々を襲ってきました……。魔獣の討伐に慣れている私どもも、四方を多くの魔獣に囲まれてしまっては……」
ドリスは歯を強く食いしばる。
「被害は甚大で、その中で、その、アインくんも……、その……」
それから口を閉ざしてしまったドリス。
ユーリはしばらく待っても、ドリスはその先を話しはしなかった。
ユーリは袋の中を漁り、獣に食いちぎられたような血の付いた布切れと、刀身がなく柄だけとなった剣を目にした。
「…………アインは、生きてはいますよね、ドリスさん?」
「…………」
重い空気が流れ、二人の間に沈黙が続く。
ユーリはドリスの様子と袋の中身から、アインの結末を理解している。
だが、彼はそれを口にしない。それを言ってしまえば確定してしまうから。言わなければ、まだ生存を信じられるから。一縷の望み、何かの間違い、それをユーリは信じたいから。
おもむろにエインズが立ち上がる。
そして二人に近づき、ユーリが震えた手で持つ袋の中を確認した。
「ユーリさん、アインくんはすでに」
「言わないでください、エインズさん」
エインズの声色はいつもと変わらない。
ユーリが抱いているであろう感情をエインズも理解できていないわけではない。
だがここでこうして沈黙を続けることに意味はない。結果は決まっている。
ならばそれを受け入れるしかないのである。
「……ユーリさん、申し訳ありません。アインくんは私たちが逃げられるように必死になって魔獣どもを抑えてくれていました。あの子がいなければ、私はいまこうしてユーリさんの前に立っていることができません」
「謝らないでください、ドリスさん。ドリスさんは、アインの最期を見たのですか?」
「いえ……。私を含め、生き残った者は逃げるのがやっとでしたので……。ですが、その翌日現場に向かって、そこに残っていたのはこれだけしかなく……」
魔獣に食い殺されてしまった、そうドリスは言っているのである。




