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「アイン? 今日はせっかくですからここで食べていきなさい。タリッジさんたちとも今日でお別れですからね」
「まあ、べつにいいけど」
と素っ気ない様子で答えるアイン。短い間だが、兄のように思って接してきたタリッジとの生活も今日で終わりという現実に寂しさが湧き上がる。
「なに泣きそうになってんだ、ガキ」
「なってねーし! タリッジ、いちいちうるさい!」
「んだと、こら」
テーブルについた四人に、夕食を運んでから席につくユーリ。
「それでタリッジさん。アインはどうですか?」
パンに齧り付くタリッジは顔を上げ、アインを一瞥してから答えた。
「こんな短期間だからな。コイツはまだまだ弱いままだな」
「んだと?」
弱いと言われ怒りを露わにするアイン。
「だが、センスは悪くねえ。なによりコイツは目が良いからな。命の危機に瀕した際の動きってもんも叩き込んだつもりだ。魔獣相手だろうが、簡単には死なねえよ。……泣きながらでも逃げることぐらいはできるだろうよ」
ぶっきらぼうに答えるタリッジにユーリの口元が緩む。
「そうですか、それは少し安心しました。短い間でしたがありがとうございました」
「……ああ。面倒なことこの上なかったがな」
「貴様、言葉には気をつけろ……」
非難するソフィアだが、疲れのためか言葉に力はない。
「タリッジ、今に見てろよ。すぐにタリッジよりも強くなってやるからな! そうしたら今度は俺がタリッジに剣を教えてやる」
ものを入れたまま口を開いたアインは、パンのカスを飛ばしながら見栄を張る。
「おうおう、死んでからじゃ教えてもらいたくても動けねえからな。強くなるんなら早くなってくれよ、センセイ?」
「くっそー!!」
皮肉を口にするタリッジだが、とても嬉しそうな様子だ。
「アイン、ドリスさんのところに行っても、無理だけはしないように。無理だと感じたらいつでもここに戻ってきてもいいんですからね?」
「先生、何回も聞いたっての。大丈夫だって、今度は俺が皆の役に立つ番だ」
アインがユーリのもとで世話になったように今度は自分が、ユーリのもとで過ごす子どもたちの助けになるのだと強い覚悟を持っていた。
「先生、今までありがとよ。俺たちの面倒を見るために先生は裕福な生活を我慢してくれたんだ。そのことを俺は痛いくらい分かってる。だから今度は俺が先生に恩返しする番だ。俺が金持ちになって先生や皆を養ってやるよ!」
アインは破顔しながらユーリを見つめた。
「……けっ。言うことだけは達者だなガキ。あとは実力が伴えばいいんだけどよ」
なかなか感動的な空気が流れていた中に、タリッジが水を差す。
「うるせー、タリッジ。……でも、そうだな。タリッジにもお礼を言わないとな……」
そのままいつものように言い合いになるのかと思われたが、アインは喧嘩腰だった姿勢を直した。
「ありがとう、タリッジ。……正直俺、不安だったんだ」
「ほう?」
「も、もちろん、俺が稼いで先生に恩返しすることだけは決めていたけど! でも少し前までは、自分の実力に自信がなかったんだ。先生からは魔石商での仕事は厳しいものだってことは聞いていたから。だから、俺が稼げる前に実力不足な俺が死んでしまうかもしれないって……」
「アイン……」
神妙な面持ちをするアインに、ユーリは声をかける。
「でもそれもタリッジのおかげで自信を持つことができた。短い間だったけど、それでも先生では教えられないことをタリッジが教えてくれた。信頼していた先生の教えと、むかつくけど俺の知る限り一番強い剣士が俺に教えてくれたんだ。それが俺の心を支えてくれる」
「そうか」
「タリッジは俺の実力がまだまだって言うけど、そんなことは俺が一番分かってる。だから俺、仕事をしながらもっとがんばるよ。たぶん、これからは俺も忙しくなるし、タリッジもそこのエインズさんと一緒で忙しいんだろ? だから、もしかしたら次に会えるのは、教えてもらえるのはもっと先になるかもしれない……」
タリッジはエインズの顔に、こいつが忙しい? と疑惑の目を向ける。
カンザスの邸宅でだらけている姿しか記憶にないタリッジは、そんなに忙しいと思ったことはない。
だが彼も大人である。この場でそういう戯言は口にするべきではないと分かっているため、口を閉ざしてアインの続きを聞いた。
「だから教えてほしい、タリッジ。俺はどうしたらもっと強くなれる? 自分のことだけじゃなくて、先生やここにいる皆を守れるほどの実力とその自信を身につけられる?」
アインの目は真剣であった。
ガキ、と茶化して呼び捨てられる人間の目ではない。
未熟ではあるが、剣士の目をしている。
「……『自信』と自惚れは似ている。自信だと思っていたものが過信に過ぎず、自惚れに陥ることもあるからな。一応、お前は俺と同じ剣士だ。だから教えておいてやる。剣士が使う自信って言葉は、自分の能力や実力、価値を信じることを意味するものじゃねえ」
「……」
アインはタリッジに真剣な眼差しを向けたままだ。
「自分がどれだけ剣を振ってきたか。身体の一部でもある自分が振ってきた剣と、これまでの研鑽だけが自信につながる。そして、どれだけ剣を振るえるか、これは自分が決めた覚悟の質で決まる。加えて、剣の在り方は自分自身の在り方で決まる。生半可な覚悟の奴はすぐに剣を手放す。身体の一部を放棄してしまう。腐った人間が、錆びついてしまった人間が振るう剣は同じく腐ってしまっている。そんな自信の拠り所を無くしてしまった奴が持つのが『自信』だ」
そんなアインにタリッジは真正面から向き合って、その剣士の目を見つめ返した。
同じ剣士として、アインを若き日に同じような目をしていた自分に照らし合わせて、反省の言葉を口にするように真っすぐ伝えた。
「剣を振り続けろ。単純なことだが結局はこれしかない」
アインの中にタリッジの言葉は溶け込んだ。
これまでの時間の中で同じ言葉は何度と聞いてきた。
しかしその全てを表面上でしか理解できていなかった。剣士なのだから剣を振らなければならない。剣を振らなければ強くなれない。剣を振るということはそういうものだとある意味聞き流していた。
だからこそアインには沁みた。剣を振るとはどういう意味なのか、それをタリッジは教えてくれた。
それが全てなのだから、それをとことん突き詰めようとアインは決めた。
「……ありがとう、タリッジ」
「……おう」
「これで俺はタリッジよりも強くなれる」
そこにはもう神妙な面持ちをしたアインはいなかった。
いつものように悪ガキじみた顔つきをしたアインがいた。
「まだ言うかよ、ガキ」
エインズとユーリはそんな二人を穏やかに眺める。
兄弟のようでもあり、良い師弟でもある二人。
夜が更けていき、次の日アインはユーリのもとを離れた。




