05
「な、なにが分かった?」
ガウスは自分でも声が震えているのが分かる。
「これ、僕の昔のメモ書きだよ。これ、シリカたち村の人の生活に役立ちそうだなって思う魔法を書き記したメモの集まりだよ」
エインズはパラパラとめくりながら続ける。
「いやさ、メモを適当にシリカに渡してた時があってさ、その時に製本してよって言われたんだけど面倒くさいからシリカでやってよと突き返したことがあって。多分それでシリカが大それた名前をつけて本にまとめたんじゃないかな?」
ソフィアは即座にソファから飛び退いた。
エインズの語った言葉の半分以上も整理できていない。ただ、自然に頁を開き自然に内容を読み、自分のメモ書きだと言い放ったエインズを前に本能的に身体がそう動いたのだ。
ガウスも同じである。しかし彼の場合は驚きのあまり身体が動かなかったのだ。ただ、目からは涙が一筋流れ落ちたのだ。
文献もかなり少なく、これまでアインズにつながる手がかりすらなかったのだ。目の前の人間は『エインズ』という名で、『アインズ』とは違う。しかしそれでも原典や聖人シリカにつながる情報を語っているのだ。
大きく歴史が動いているのをガウスは感じた。
「ほら、ここ僕の名前がかいてあるでしょ?」
エインズは開いた頁をガウスに見せる。
猛毒による激痛が視神経を通り、脳を駆け巡る。脂汗を感じる。この激痛、不快感が心地良く感じるほどにガウスは悦んでいた。
『Ains=Silvertas』
ガウスは激痛に襲われる中、エインズの指さす文字をなんとか読んだ。
「……アインズ=シルバータ」
ガウスが口に出す。
そう。この「アインズ=シルバータ」こそがアインズ領自治都市の成り立ちに起因する人物。「Silver」は、銀色という意味。「tas」はこの一帯における古い方言で雪という意味である。これらの意味から「銀雪のアインズ」という謎多き魔術師の存在を確認したのである。そしてガウスたち「銀雪騎士団」が誕生したのだ。
「ちがうちがう」
エインズは笑いながら否定する。
「これはシリカも同じ発音の間違いをしていたんだけどね。『エインズ=シルベタス』と発音するんだよ。シルベは僕が生まれたシルベ村から取って、タスはタス村から取っているんだよ」
だからシルベタスって発音なんだよ、とエインズは結んだ。
「……って、どうしてソフィアは号泣しながら床で片膝ついているの⁉」
エインズは知らぬ間に膝をつき頭を下げているソフィアに驚く。
(この人、やっぱり情緒不安定な危ない人だな……)
「エインズ様に! 伏してお願い申し上げます!」
ソフィアは頭を下げたまま話す。
「我が身我が剣はエインズ様に捧げます! 身命を賭してお仕え申し上げます!」
「え、ええぇ」
急なソフィアの鬼気迫るものにエインズは圧倒される。
「いや、別にいいんだけど……。なんか怖いし」
「なにとぞ!」
エインズはガウスに救いを求めた。
しかしガウスとて同じだ。気が動転している。しかし、それ以上に自分の部下が動転してしまっている姿を見て、ある程度落ち着くことができた。
「……ソフィア、一度落ち着け。実際、俺自身落ち着けているか分からないんだが、とりあえず落ち着け。エインズ様が困っている」
ソフィアは「はっ!」と顔を上げ、エインズの若干引いている顔を見て、すぐに涙を拭う。
「やめてよガウス団長。僕に『様』なんかつけないでよ。普通の人間なんだから」
「いえ、そういうわけにも……」
ガウスは魔神「銀雪のアインズ」と称されていた魔術師を目の前にどう伝えたら良いものか分からなくなっていた。
「あ、そうだ。読んでいるうちに気づいたんだけどさ、このメモの一部……、ここが間違ってたから書き直しておいたよ」
とエインズはジャケットの内ポケットに入っていたペンで修正し、原典をガウスに返す。
「あ、ありがとう、ございます」
「いやいや、もともとガウス団長らの物なんでしょ。貸してもらったのは僕の方なんだから、感謝されるのは違うよ」
手に持ったガウスは驚いた。
魔導書『原典』に追記できるなど、著者本人にしか不可能である。それを今目の前でやってのけた。
「(より一層魔力が増している……。もしかしたらもう俺でも開けないかもしれない)」
「エインズ様はなぜ今ここに立ち寄ったのですか?」
ガウスは受け取った原典を両手で大事に持ちながら訊ねた。
「様は別に……、まあいいか。うん、それがさ。森の小屋に籠って魔術の探求に勤しんでたんだけどさ」
エインズは頭をポリポリかきながら「真新しさもなく、行き詰っちゃって。気分転換に久しぶりに街の様子でも見ようかなと」と話した。
「な、なるほど。エインズ様でも行き詰ることがあるのですか」
「いやー、所詮僕程度の魔術師だからね。自信を持って魔術師と名乗ったのも最近だからさ。そりゃ、ざらに行き詰るね」
まあ、でも。とエインズは続ける。
「エバンさんとシリカさんがいないみたいだから、挨拶はまた今度にするよ。旅に出たいと思ってるからさ、後でシリカにも伝えといてくれると助かるよ」
「いえ、それは何と言いますか……」
先ほどからエインズの口から出ているエバンとシリカは、アインズ領の人間が思っている聖人エバンとシリカのことを指しているのだとガウスは確信している。
しかし2人が亡くなってからすでに2000年近く経っている。
この様子からするに、エインズは自分が2000年近くもの間森に籠っていたのだと気づいていないのだろう。つまり、エバンとシリカがこの世から去ったことも知らないはず。
「(間違いなく悲しむだろうな……)」
どう伝えたものか……。ガウスは悩み、とりあえず今はエインズに気分転換をしてもらい、落ち着いた頃に伝えようと考えた。




