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「ま、まあ、いいじゃない。エインズたちはこうした家事に対してポンコツでしょうけど、ソフィアさんだけは役に立ちたいという気持ちが行動に現れているんだから。あんたたち二人のここでの振る舞いよりは評価できるわよ」
涙目でぷるぷると震えるソフィアに、あまりそういったことをしないライカがフォローをいれる。
納得がいかないタリッジではあるが、屋敷の主でもあるライカが言及しているのである。何かしら働かなければならないかとため息をついて覚悟を決める。
「……ったく、しゃーねえな。面倒極まりねえがガキのお守りの一つ、してやるか」
それでここでの振る舞いを収められるのであれば背に腹は代えられないと決断するタリッジ。
「それはよかった。それじゃ、頼むよタリッジ」
へいへい、と適当な返事を返すタリッジ。だが、ふと彼の脳裏によぎる。
エインズと同行するということは、ユーリのもとで剣を学ぶ子どもの他にエインズというじゃじゃ馬の面倒も見ることも指すのではないかと。であれば、苦労は二倍ではないか。
深く深くため息をつくタリッジ。
彼の懸念するところを理解していないエインズは小首をかしげていた。
夕食が終わり、タリッジは席を後にした。
残るはライカとエインズとソフィア。
ソフィアは名誉挽回とばかりに食器の後片付けに勤しんでいる。食器を割らないかとリステが注視しているなかで。
「でもエインズ。ユーリさんには二人紹介するんだったわよね? タリッジともう一人ってことは、ソフィアさんじゃないの? 彼女には伝えなくていいの?」
湯気が立つコーヒーに息を吹きかけているエインズは、熱そうに一口飲んでライカに答える。
「あー、まあ、必要ないよ。なんせソフィアだよ? 僕がなにか言う前に彼女のほうから――」
無事、食器をも割らずに片付けを済ませたソフィアがエインズのもとにやってくる。
「エインズ様。先ほどタリッジに仰っていました件ですが、エインズ様の右腕である私も当然同行させてもらいます。あいつに抜け駆けはさせません!」
鼻息の荒いソフィアに、エインズはライカに顔をやりながら「ほらね?」と返した。
ライカは苦笑いを浮かべた。
◯
「だから何回言ったら分かんだ、このマヌケ。非力なくせに得物を大振りするんじゃねえ!」
「非力じゃねえし!!」
その後、タリッジとソフィアを連れてユーリのもとを訪れたエインズ。
ユーリに確認してみると、タリッジの言葉に言い返し彼からゲンコツをもらう少年――アインの意志は強く、魔獣たちの動きを聞かされても魔石商で討伐部隊として働く考えは変わらなかった。
そういうことならと、エインズはユーリに連れてきたタリッジとソフィアを紹介しアインの剣術指南にあたらせた。
タリッジとソフィアの二人がかりで指南にあたる予定をしていたのだが、
「ソフィアおねえちゃん、違うよ。クマさんはこのおやさいを食べないから出したらダメなの!」
「そ、そうなのですか。それは大変失礼しました……」
「わたしじゃなくて、クマさんにあやまって!」
「ク、クマさん。申し訳ありません……」
「はぁ……。ソフィアおねえちゃん、いつになったらおぼえるの? しっかりしてくれないとわたしの手間がふえるだけなんだから」
「す、すみません……」
少女のおままごとに捕まり、アインではなく少女の相手をするのに必死になっていた。
「ここでもソフィアはポンコツなのか……」
彼女の腰の高さにも満たない少女にやれやれと呆れ顔をされるソフィアに、エインズは苦笑いを浮かべる。
「申し訳ありません、エインズさん。ソフィアさんに彼女の面倒を見させてしまいまして」
「ははは。いえいえ、これもソフィアの勉強になりますから。彼女もあのおままごとで家事を覚えるはずですよ」
ユーリは申し訳無さそうな様子でエインズに頭を下げる。
二人がユーリのもとでそれぞれ子どもの相手をして、かれこれ二週間ほどが経つ。
最初は嫌々アインの相手をしていたタリッジだが、アインの勝ち気な性格がタリッジと合っていたのか今ではぶっきらぼうな口ぶりではあるが教えるべきことはしっかりと教えていた。
「お前は目がいいんだから、相手の動きをしっかりと見てから動け。感覚で動けるようになるにはまだまだ時間がかかるんだぞ」
「タリッジ、お前、筋肉馬鹿みたいな見た目の割に意外と論理的なんだな」
「おいガキ。てめえ、誰に口効いてんだ! くだらねえこと言うならせめて、俺の剣を受けても泣かないようになってから言えってもんだ」
「な、泣いてねえし!」
そうしてまたタリッジと木剣を打ち合うアイン。
身体の大きさに加え筋力や技術の面でも大きく差があるタリッジは、かなり手加減をしてアインと打ち合っている。
その様子を見て、タリッジは案外良い剣の先生になるんじゃないかとエインズは思った。
「それでユーリさん。アインはいつ頃に魔石商のもとで?」
「ええ。明日にドリスさんがこちらに来る予定ですので」
「そうですか。では今日でお別れですね」
「はい。嬉しいことですが、いざこうしてアインがここを離れると考えるとなかなかどうして寂しいものがありますね」
「まるでお父さんですね、ユーリさん」
「はい。私はこの子たちの親として接していますので」
微笑むユーリに、血のつながった本当の親のようにエインズは感じた。
「今日で最後ですので、せっかくですからエインズさんたちも夕食をご一緒しませんか? そのほうがアインも嬉しいと思いますので。もちろん、面倒でなければですが」
「それは嬉しいお誘いです。ぜひ、ご一緒させてください。タリッジ、ソフィア? 今日はユーリさんのところで夕食をとることにするからね!」
おままごとを続けていたソフィアはエインズの声に「承知しました」と答えたが、すぐに少女によそ見をしない、と注意を受けて頭を下げるのであった。
タリッジのほうは、
「俺は別にメシが食えるんならどこでもいいぜ? もちろん、ガキに食事のマナーは教えられないがな」
と答え、アインに「タリッジ、そういうの出来なさそうだもんな」と言われ木剣を器用に振るってアインの頭の上にコツンと落とした。
日が暮れ、夕食時になる。
泥だらけのアインとあまり疲れが見えないタリッジ。
継母に虐められヘトヘトになったソフィアがそれぞれ屋敷に戻ってきた。




