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「僕も剣は詳しくないですが、剣術に長けた者なら二人知っていますよ? 一度、その希望する子どもに意思を確認してみてはいかがですか? それでも魔石商のところで頑張りたいと言うのであればその二人を紹介しますよ」
エインズの提案にユーリは頭を上げる。
「本当ですか!? それはとても嬉しいご提案です、ありがとうございます。一度エインズさんやそのお二人のことを口にせずに意思確認をしてみます」
ユーリとエインズのやり取りを見ていたライカは恐ろしいものでも見たかのような、驚愕した表情でエインズを見た。
「どうしたの、エインズ。また何か悪さを企んでいるんじゃないでしょうね」
「人聞き悪すぎない!? 僕にだって、誰かの役に立ちたいという人の心はあるんだけど」
「ヒトノココロ……。きっと私の知っている言葉とは違うものなんでしょうね。発音が同じ他国の言葉なのね、そうよねきっと」
わざとらしくカタコトで口にしたライカに、なんでだよ! とつっこむエインズ。
侯爵令嬢という立場であるライカに対して恐れを抱いていたテオは、今日の彼女そして彼女の従者であるエインズを見て印象ががらりと変わった。もちろん良い方に。
「はは……」
思わず笑ってしまうテオ。
「笑われているわよ、エインズ」
やれやれ困ったものだ、と言わんばかりにオーバーぎみに呆れた様子を見せるライカ。
「なんで当たり前のように僕が笑われている前提でリアクションしているのさ」
「ち、ちがうよ。別にエインズさんを笑ったわけじゃなくて……」
しまった、笑いが漏れてしまったと誤解を解こうとテオはあたふたとする。
「だってさ! ほら、僕を笑ったんじゃないってことはつまりライカを笑ったってことだよ。笑われているよ、ライカ。侯爵令嬢らしからぬ粗暴さだってさ、オジョウサマ」
「エインズ、いい度胸ね……」
さらに慌てるテオ。
目線があっちに行ったりこっちに行ったり、そんなひどくあたふたするテオの様子にエインズとライカは目を合わせてから二人同時に噴き出した。
もちろん二人のやり取りは冗談である。いつも通りの通常運転。
だがそれは、なにも知らないテオからしてみれば取り乱してしまうものである。
二人はそんなテオを見て面白くなってしまい助長させてしまったのである。
「さあ、お二方。そろそろ時間も遅くなってきましたし、そろそろお帰りになられる頃ではないですか?」
ユーリは徐々に暗くなっていく外の様子に目を向けていた。
「あっ、もうそんな時間かしら。こんなところでエインズといつまでもふざけ合っていたらリステになんて言われるか。エインズ、そろそろ帰りましょう? もう聞きたいことも聞けたんでしょ?」
「そうだね。そろそろ僕もお腹が空いてきたところだし。テオくん、今日はありがとう」
「また明日、学院でね、テオくん」
エインズとライカは立ち上がり玄関先で二人に別れを告げた。
「それではエインズさん、先ほどの件よろしくお願いします」
「わかりました。えっと、それじゃあ、二日後にまたここに来ますね」
「ええ。そのころには答えが出ていると思いますので」
エインズとライカはいまだ賑やかな庭を抜ける。
ユーリが指していた少年は黙々と一人集中力を切らさずに木剣を振り続けていた。
〇
「というわけで、タリッジお願いできるかな?」
「なにがというわけだ? いやだぜ俺は。ガキのお守りなんかしてられるかよ」
屋敷に戻ったエインズは夕食の場でユーリとの話の内容をタリッジに伝えた。
タリッジはもともと帝国にいた剣士である。
魔法に長けた王国において帝国の剣士ほど剣術に長けた者は数少ない。
ここはタリッジが最適である、というのがエインズの判断である。
「第一、素人のガキに剣を教えるのがどれだけ大変かをお前は知っているのか?」
面倒くさそうに顔をしかめるタリッジ。
却下。話はこれで終わりだとばかりにタリッジはナイフで細かく切り分けることなく、フォークで肉を突き刺して大きく口を開いた。
「理解しているつもりだよ? 素人の誰かに魔法というか君の言うところの神技を教える大変さ、ならね?」
エインズのニコニコとした表情。
「うぐっ……! ゲホッ、ゲホッ……」
自分の言葉がブーメランでタリッジのもとに返ってきてしまい、彼は思わずむせてしまった。
「それに、働かざる者食うべからずだよタリッジ? どうする?」
水を喉に流し込み、胸元を叩いて落ち着かせるタリッジ。
その横でライカは静かにナイフとフォークを扱いながら「人のこと言えないと思うけど」と呟く。
「くそったれが……。それならこいつはどうなんだよ、騎士だっていうこいつだって働いてねえじゃねえかよ」
ソフィアを指さすタリッジ。
「貴様、人を指さすんじゃない愚か者。それと、私をお前と一緒にするな。お世話になっているんだ、当然私はちゃんとこの屋敷の手伝いをしているに決まっているだろう! 嘘だと思うなら、リステさんに聞いてみろ」
タリッジはソフィアに対して関心がない。それゆえに、ここでの生活においてソフィアの動きを注目しておらず彼女の言葉が真かどうかなど判断がつかない。
エインズと同行する以外の時間は自分と同じように剣を振っているだけだと思っていた。
タリッジは彼女が本当にブランディ家の手伝いをしているのかどうか、リステの顔を窺った。
「……ええ。ソフィア様はよく私どもの仕事に手を貸してくれていますよ。それで私どもが助かっているかは別の話ではございますが」
タリッジと、エインズが怪訝な顔をする。
「洗濯物を干す際にも手伝ってくれますが洗いたての衣服を地面に落として汚してしまい二度手間になってしまうことや、食料のカットに買って出てくれますが、まな板だけでなくキッチンごと切断してしまうこともありますが、手伝おうという意思だけは感じられます」
リステは変わらぬ涼し気な表情で淡々と答える。
「「いや、そっちのほうがたち悪くない?(たちが悪いじゃねえか)」」
リステのこの口ぶり、むしろソフィアは邪魔をしているようである。
リステの暴露にソフィアは顔を真っ赤に染め上げるが、「だ、だが、手伝おうという気持ち! この気持ちこそが大切なのだ!」と言い訳を並べる。




